293.もう鷹や鳶に狙われているわ
シュトルンツに跡取り娘が生まれた。一報は各国を駆け巡る。あっという間に、祝いの品や言葉、中には訪問の要請まで届いた。
この辺の仕分けは、お母様に丸投げしましょう。打算を含んだ訪問希望がちらほら見受けられる。歳の近い王子や公爵令息のいる国が多かった。婚約を取り付けたいのね。
我が国では恋愛結婚とまで言わないが、ある程度本人の意向を大切にする。理由は権力の頂点に立つ女王を支える柱だからよ。他国なら王族である王太子が、己の執務を支える妻を選ぶ。ここが一番の違いだった。男性ゆえに武勇が尊ばれる傾向が強く、執務はそこそここなせれば、王妃に残りを押し付ける傾向があった。
そのため、どの国も王妃教育は厳しい。自国の王子に対して甘いのに……だ。基本が間違ってるのよね。王族なら自らを厳しく律して、勉学に励み知識を蓄えるべきだわ。通訳がいるから話せなくてもいい外国語なんて、存在しない。どの国の言葉でも日常会話は出来るよう訓練し、その上で専門的な用語の解説に通訳を使うべきなの。
じゃないと、言葉が通じないと思って馬鹿な提案をしたり、通訳と結託して誤魔化す者が現れるわ。シュトルンツでは女王制が敷かれ、夫は妻の仕事のサポートは許されても代理権はない。王配に権力が集中しないよう、様々な手立てが講じられてきた。
「この辺はお母様へ。それから、エルフリーデ」
「はい」
「ヴィンフリーゼの護衛を選んで頂戴。もちろん女性騎士よ。トイレの中だろうとお風呂だろうと、関係なく護衛出来る人が必要だわ」
「承知いたしました」
ちょっと、いま含み笑いしなかった? 私の専属護衛がずっとテオドールだったからでしょう。ぷんと頬を膨らませば、エルフリーデは立ち位置を変えた。さっきまで斜め後ろに控えていたけど、隣に立って屈む。茶色い髪がさらりと肩を滑った。
「そのようにお可愛らしい顔をされては……また寝室から出られなくなりますよ」
忠告と呼ぶより、脅しに近いわね。ぞくりと背筋を走った恐怖に、引き攣った笑顔を浮かべた。頬の膨らみなんて、一瞬で消える。子を産んだばかりで体はガタガタ、こんな状態でテオドールに好き勝手されたら死んでしまうわ。
「ブリュンヒルト様、こちらはどう処理いたしましょうか」
祝い品の贈り主を確認したエレオノールは、リストを差し出す。数人に丸印がされていた。一般的なお礼では済まない相手ばかりである。少し考えて、さらさらと対処方法を記した。
「これでお願い」
「畏まりました。体調はいかがですか。薬草茶など用意できますけど」
「リュシアンが嬉々として調合中よ」
なるほどとエレオノールは引き下がる。ピンクのウサ耳が意味ありげに動いた。調茶ではなく、調合……つまり、苦くてよく効くお薬を作ってるの。形はお茶だけど、酷い臭いだったわ。改善要求はしたけれどね。
「では口直しの甘いお菓子をご用意します」
気の利く補佐官エレオノールが退室し、隣で眠る我が子の顔を眺める。生まれた直後は真っ赤で皺だらけだったけど、今はだいぶ綺麗になったわ。瞳の色は私より濃い紫で、初代女王の名を頂いたのはここに理由があった。ご先祖様も濃紫の瞳だったのよね。
肖像画を思い浮かべながら、小さなヴィンフリーゼの頬を包む。もぐもぐ動く唇が、ほんのり赤く色づいていた。
「美人になりますね」
「そうじゃないと困るわ」
エルフリーデと他愛ない話をしながら、ゆったりと過ごす。女王陛下の選んだ乳母が来れば、私は仕事に復帰する。それまでの束の間の休息だった。
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