294.全員甘やかすに決まってるもの

 娘ヴィンフリーゼに、初代女王陛下の名を与えた。その話はあっという間に広がる。様々な憶測が耳に入るが、正解を言い当てた人は誰もいない。


「あれだろ? 初代女王陛下は国を興した。男性社会だった過去の王家に引導を渡して……それにちなんだんじゃないかな」


 まさか、カールお兄様が言い当てるなんて。驚いた私は目を見開き、続いて笑った。私の前では人のいい騙されやすい兄だけど、これでいて策略や謀略の海を泳ぐサメのような人よ。知らず見くびった自分に喝を入れる。こうやって引き締める機会があって良かった。


 傲慢に思い上がって失敗すれば、私だけでは済まないもの。皆を道連れにしてしまう。深呼吸して、カールお兄様に頷いた。


「ええ。お兄様にはまだ話していなかったけれど、私はこの大陸の国々をシュトルンツに併合したいの。一つの国家を作り上げるつもりよ。その国の王太女だもの。初代女王陛下のお名前に負けるようでは、務まらないわ」


 初代女王陛下のお名前は、誰も継承しなかった。その名が持つ歴史と重さを、我が子に背負わせたくない母親が多かったのでしょうね。押し潰されると思ったのかしら。私は逆よ。


 大陸を制覇するブリュンヒルトの娘に生まれ、何もなさない人生は許さない。己の名が持つ重さに負けず、世界を支配すればいいわ。そのために必要な名を贈った。


「ヒルトが厳しく育てるなら、私が甘やかすとしよう」


「安心して。その役はテオドールが担当するわ」


「……伯父として甘やかしてもいいじゃないか」


「ダメよ。リュシアンやエレオノール達もいるのよ。全員甘やかすに決まってるもの」


 しょんぼりしたお兄様は、それでも諦めていないみたい。自分の娘が出来たら、好きなだけ甘やかせばいいのに。ふとそう思い、ちらりと視線をエルフリーデへ向ける。護衛騎士として控える彼女は、入ってきた婚約者を無視していた。


「エルフリーデが女の子を産んだら、大変ね。すごい甘やかすわよ」


 ちょっとした雑談のつもりだったが、エルフリーデの顔が真っ赤になった。首や耳も赤いから、本気で照れている。もしかして……お兄様へ視線を戻せば、彼はさっと目を逸らした。


 そう、そうなの。婚約を受け入れたエルフリーデを、とことん甘やかしたのね? それを思い出した……なるほど、もう早く結婚しちゃいなさいよ!


「カールお兄様、お願いがあるの」


「なんだ?」


 何でも叶えてやろう、そんな兄の猫撫で声に爆弾を一つ投下する。


「エルフリーデと結婚して頂戴。側近で専属騎士の彼女が休めるのは、私が王位に就くまでの子育て期間だけよ。結婚して子育てして、ギリギリなの。それに可愛いヴィンフリーゼに、側近が欲しいわ」


 明け透けな物言いに、カールお兄様は「あぁ」だの「う〜」だの、変な声を出した後無言で頷いた。目を見開いたエルフリーデには悪いけど、本当に時間はないのよ。


 エレオノールは犬を飼ったから結婚する気はないでしょうし。あの犬は子供が作れないのよね。クリスティーネは押し倒すのにまだ時間がかかると舌打ちしていたから、早くて来年かしら。


 前世でもそうだったけど、自分の結婚事情が片付くと、周囲が気になる。物語が作られた日本の影響で、貴族令嬢の結婚時期が遅くて助かったわ。焚き付けられたお兄様と未来の義姉は、真っ赤になった顔をぱたぱたと扇いだ。

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