274.メリットを並べて陞爵させる

 テオドールが戻ってから早かった。指示する内容を分けられる。エレオノールが動ける分野と、テオドールの得意な分野が違って助かったわ。


 怪我の功名ってこういう場面で使うのかしら。地方から王都に到着した貴族を纏めて、旧公爵家の屋敷に向かわせたら、到着報告が早くなった。全員が同じ屋敷で報告を上げるから、抜けや漏れも見当たらない。今後も使えるように、迎賓館として予算を組めないか、検討させましょう。


「ブリュンヒルト殿下、休憩なさってください」


 差し出された紅茶は、薄めの水色すいしょくだった。カップの底に描かれた、一輪の百合がよく見える。香りからしてハーブティーみたいね。


「リュシアン様からの差し入れです」


「あ、いけない! 大急ぎでリュシアンの陞爵を行うわよ。伯爵、いずれ辺境伯とします」


「以前にお話を伺いましたので、領地なしでご用意しました」


 エレオノールが書類を差し出す。日付と署名があれば効力を発揮する申請書に、大急ぎで署名した。日付欄は迷ったが本日の日付で作成する。


「処理をお願い」


 どうせ本人は陞爵のために謁見するのは、面倒だと嫌がるでしょう。この忙しい時期だから省いて、爵位だけ渡すことにした。いずれ辺境伯に格上げすれば、領地を与える。予定している領地候補は、東のミモザ国と南のアルストロメリア聖国の中間だ。森が広がり、ハイエルフに親しみを持つ人々が暮らす地域だった。


 辺境伯に格上げは、十数年先になるでしょうね。私が即位して地盤が確立した後、彼の意向を再度確認するつもりだった。王宮に留まりたいなら、地位を伯爵のまま据え置けばいいんだもの。


 リュシアンは自分の価値を理解していないけれど、私はしっかり活用させてもらうわ。ハイエルフの中でも精霊との親和性が高く、最高位の魔法を使える。そちらも重要だけど、彼には別の価値も存在した。


 魔王ユーグへの牽制よ。リュシアンが私の陣営にいる限り、魔国バルバストルが敵に回ることはない。彼はリュシアンを愛していると思うのよ。私が死んで数世代したら、ようやくその愛が伝わる気がするけど。直接見られないBLに興味はないわ。


 この大陸を制覇する上で、ほとんどの国は懐柔可能だった。でも魔王ユーグは別よ。彼は長寿でずる賢い。友人と称してリュシアンを利用したくせに、うっかり惚れてしまった。あの男は今後さらに用心深くなるはず。


 魔法も武力も桁違いの魔族を相手に、人族が勝てる可能性はなかった。だから敵にせず、搦手で無力化させるの。そのために、アルストロメリア聖国にリュシアンを奪われるわけにいかない。


 呼び出して数十分後、のんびりと現れた銀髪金眼の美少年に伯爵位を与えた。


「人の爵位が役に立つのか?」


「王宮内で堂々と書庫が使え、私に面会して直接意見を言える。王宮内のハーブ園も自由に使えるわよ。その上で、アルストロメリア聖国に連れ戻される可能性が消えるの」


「あ、それなら貰っとく」


 彼にとってのメリットを並べて、受諾の署名を書かせた。書類はすぐに、文官達の手により処理される。これで間に合ったわ。駆け込みで終わらせた作業と書類処理を再確認し、疲れた眉間を指で押さえた。


 私の結婚式なのに、どうして私が処理するのかしらね。ふと浮かんだ疑問を、ぐっと堪えて呑み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る