273.いつの間にか頼ることを覚えた
よくある物語で、貴族は王都に屋敷を持っている設定よね。実際はそこまでお金に余裕のある貴族は多くないわ。侯爵までかしら。あとは領地がなくて王都周辺に屋敷を構える貴族、一部の男爵や子爵が挙げられる。
同じ男爵や子爵でも領地があれば、王都で屋敷を維持する余裕はない。やたら稼いで金のある男爵が物語には登場したりするのに、現実はもっとシビアだった。どこまで行っても階級社会なの。もし勢いよく稼ぐ男爵家が現れたら、共同経営という名目で上位貴族に事業を奪われるだけよ。
王宮で何か行事があって集められる貴族は、まず宿を確保しなくてはならない。王都に屋敷があればよし。なければ申請すると、文官が事前に確保した宿へ振り分けられた。今回のようにほぼ総動員した場合、都中の宿を抑えることになる。
「それで、旅人や商人から苦情が出たのね」
陳情書に眉を寄せ、私は少し考えた。王都の端に元公爵家が所有した屋敷がある。血筋が絶えて王家に土地と屋敷が返還されたのは数年前だった。もしかしたら使えるんじゃないかしら。
大急ぎで手配を行う。領地はすでに別の貴族に預け、一部を直轄地にしていた。だが、王都の屋敷は手付かずのまま。王家の所有なので、最低限の管理がされているはず。確認した結果が届き、思っていた通りだと頬を緩めた。
「ここを使います。すぐに掃除を手配しなさい」
「王宮内の人員が足りません」
「民間人を雇えばいいじゃない」
大きな街には、いわゆる何でも屋と呼ばれる人達がいる。掃除や洗濯から、重い物の買い出しや遠方への運搬、逃げたペットの回収まで。頼まれた内容に無理がなく、見合う料金を支払えば動いてくれる。人殺しなどに手を染めない彼らは「何でも屋」と呼ばれ、重宝されていた。
王太女の私が知っているのに、文官達が首を傾げる。
「あなた達の奥方はご存知よ。手配しなさい」
「はい!」
慌てて退室する文官を見送り、隣でエレオノールが文官の名前をメモしていく。あまりキツく叱ってはダメよ。くすっと笑って、甘い飴を渡しながらそう囁いた。
公爵家の屋敷なら広さは十分だし、どの爵位の貴族でも不満は出ない。どうせ侍女はそれぞれに連れてくるし、料理人と家令に当たる侍従だけ派遣しないといけないわ。部屋割りを決めてもらわなくちゃ。あたふたと手続きを進めた。テオドールがいないと不便だわ。
「ただいま戻りました。愛しの我が姫」
「遅いわ」
反射的に口をついた悪態に、テオドールは機嫌を悪くするどころか、嬉しそうに笑った。バツが悪くなる。
「なんで嬉しそうなのよ」
「ブリュンヒルト殿下に、私が必要とされていると認識できたので……とても幸せです」
どう認識したらそうなるの! と言いかけて、隣で笑顔を振り撒くエレオノールに気づいた。ここで言い争うと、痴話喧嘩扱いされそう。
テオドールの言い分もわかる。自分がいない間に不自由があったから「遅い」と叱られた。頭の回転は早いし、使える。能力が高いけれど、そうじゃなくて。肩から力を抜いて、自覚した感情に苦笑いする。
あなたがいれば、私が肩に力を入れて周囲を威嚇する必要がなかった。近くにいてくれるだけで、ほっとする。簡単に教えてあげる気はないけどね。
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