272.貴族が集まってきたわね

 結婚式までカウントダウンが始まり、各地の貴族が動き始める。事前に通知した通り、各貴族家の領地に軍が配備された。


 領主が不在になるということは、他国からの侵略に対応する頭脳が不足する状況よ。領軍は残っていても、指揮者がいなければ機能しないわ。攻め込まれた際に、誰が指揮権を持つのか。動ける人は誰で、従うべき頭は誰か。先に分別しておくべきなの。


 我が国の軍人の中から指揮系統の教育を受けた者と、補給や報告の役割を持つ文官をセットで派遣した。他国が動けば、文官が報告を送る。直後に武官が応戦態勢を整え、民を逃す手筈だった。領軍を手足として使えるから、指揮系統は通っている。


 これなら各地から国内貴族を集めても、対応が可能だった。愚かにもシュトルンツ国へ欲を向ければ、手痛いしっぺ返しを食らうはずよ。


 続々と到着の連絡が入る貴族のリストを見ながら、ぱちくりと瞬いた。


「ツヴァンツィガー侯爵が到着するなら、エルフリーデが出迎えたらいいと思うわ」


 斜め後ろに控える護衛の女騎士に、私は声をかけた。手元の書類を一枚処理して、エレオノールに渡す。受け取った彼女も「はい」と同意した。ピンクのウサ耳がぴるりと揺れる。


「エルフリーデ様、どうぞ行ってらして」


「今はダメです。テオドール様がおられませんから」


 お使いに出したのだけれど、彼がいないと私が危険だと判断したのね。ならば、こうしましょう。


「カールお兄様を呼ぶわ。それでいい?」


 本当はカールお兄様も、未来のご家族に挨拶した方がいいのだけれど。こう言わないとエルフリーデが動かないもの。少し考えた後、彼女はゆったり一礼した。


「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えます」


「そうして頂戴」


 ふふっと笑い、出ていく彼女を見送る。このフロアは出入りできる者が限られるので、ドアに衛兵は立たない。だから余計に神経質になったのね。すぐに兄カールへ連絡が出され、慌ただしく駆けてきた。


「敵か!?」


「……お兄様、ノックしてくださいな。それと敵が来ていたら、エルフリーデが離れるわけありませんでしょう?」


「あ、ああ。すぐに来いと連絡があったんだ」


 だから敵襲かと思った? 単純なんだから。呆れて溜め息が漏れるが、言葉にして責めたりしない。私が絡まなければ、カールハインツは王子らしい振る舞いが出来るの。お兄様がポンコツになるのは、私のせいだった。責めたら泣いてしまうわ。


 以前より減った筋肉のお陰で、シャツにゆとりがある。立ち上がって執務机を回り込み、兄の肩に寄った皺を手で直した。嬉しそうに礼を言う兄は、年齢より幼く感じる。跡取りにならない男子として生まれ、一身に期待を受ける妹を見ながら育った。きっと複雑だったと思うわ。


 でも真っ直ぐに育ったのは、お母様やお父様の愛情のお陰。私に対して劣等感を募らせ、攻撃することもなかった。それどころか過保護な溺愛に、国内貴族が驚くほどよ。


「お兄様、大好きよ」


 突然口をついた言葉に、一番驚いたのは私かも知れない。本当に幸せそうに微笑んだカールお兄様は、私の頬に手を滑らせた。


「私は一生、ヒルトを支えていく。近くで見守るのは、兄としての権利だ。父上にそう教わった」


 目を見開いてから細め、ゆるりと表情を和らげた。私は本当に恵まれているわ。だからこの幸せを皆に分かち合いたいの。きっと、この世界で一番強欲ね。こんなに満たされているのに、まだ欲しいものがあるんですもの。

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