168.あの子は厄介よ

「ええ、お願いね。バレたら叱られちゃうわ」


 にっこり笑って頷く。夜遅くに甘いお菓子を食べた秘密と、テオドールが行った工作を見てしまったことを重ねるクリスティーネは、うふふと上品に微笑んだ。


「また甘い秘密を共有しましょうね」


 エレオノールも重ねて念押しし、こっそりとクリスティーネは離れた。衛兵がいる正面の廊下を避けて、反対側の階段へ姿を消す。見送った私はくるりと振り返った。ばさりと扇を広げて顔を隠し、わざと話し声を聞かせながら近づく。


「あら、テオドール。どうしたの? ……っ!」


 何も知らなかったフリで距離を詰め、ふらりと倒れる。卒倒は淑女の必須教科よ。少なくとも、私やお母様は任意で利用してきた。悲鳴もなく倒れる私を、駆け寄ったテオドールが受け止める。その彼を、さらにエレオノールが支えた。


 大国の王太女と同行した大使にケガをさせ、王太女は気絶した。となれば、責任問題に発展する。それも、自国の醜聞に関わった女が犯人だ。すぐにでも始末するのが正しい。


 その正しい行いを、彼らは選べなかった。皇帝は使い物にならず、第一皇子も第二皇子も罪人。宰相は安全策を求めてぬるい対応に縋る。結局、動いたのは騎士団長だった。


 ようやく灯りの消えた広間の貴族は、そそくさと引き上げた。貴族院も、宰相と同じ。危険な火中の栗は拾いたくない。美味しいが熱い栗を拾えるとしたら、エンゲルブレヒト侯爵家くらい。しかし彼らは婚約破棄により、シュトルンツについた。動ける貴族は、騎士団長のみ。






「上手くいったの?」


 数十分後、エレオノールに治療されたことになっている臨時大使は、王太女である私の足元に跪いた。


「はい。お嬢様のご命令に従い、エンゲルブレヒト侯爵令嬢への慰謝料として、王家直轄地を処理させました」


「よくやったわ」


 手放しで褒めて、テオドールの金髪を撫でる。その手をこめかみから頬へ滑らせ、顎の下まで移動させた。急所である喉を晒したテオドールの表情は、夢をみるように幸せそうだ。整えた爪で軽く引っ掻くと、さらに彼は蕩けた。他人に見せられないわね。その表情も、膨らんだ下肢も。ホント、変態なんだから。


「レオナと名乗る男爵令嬢も、処分の目処がつきました」


 褒めてくださいと、分かりやすく強請る忠犬は、美しい顔に愉悦を浮かべる。踏み躙るように爪先で、彼の手を踏む。平伏して靴にキスしそうな男へ「このくらい当たり前でしょう?」と突き放す。


「処刑まで手を抜かないで。あの子は厄介よ」


 小説では、魅了に似た能力を使っていた。魔法ではない。催眠術が近いだろうか。甘える猫撫で声も、首を傾げる仕草も、計算されているようであざとい。テオドールに効くはずはないけれど、ね。気分は良くないわ。


「捕縛を逃れたのも、あの子の力だわ」


 衛兵を誑し込んだのか、はたまた他の誰かが手を貸したか。どちらにしろ、レオナがルピナス帝国内で力を振るう事実は否定できない。物語の強制力が邪魔する話は多いから、油断大敵だった。誑かしたテオドールへ向かう執着は、利用出来るわ。そう告げると、忠犬は猛獣の顔で笑った。


「ご安心ください。必ずや、お嬢様の願いを叶えます」

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