167.まだ場外演劇は続いていた

 深夜のお茶会で甘いものを食べたら、当然太るわ。食べ過ぎないうちに、お開きにしましょう。そう提案した私に、エレオノールは同意した。少し残念そうなクリスティーネに、カヌレの残りを包んで手渡す。


「ご家族でどうぞ」


「ありがとうございます」


 中に包んだ数は5つ。両親と義兄で3つだから、彼女の分は2つ確保した。完璧ね。事前に家族構成や好物を調べるのは、外交の基本だもの。高笑いしたい気分で、クリスティーネを送り出そうと立ち上がった。廊下へ続く扉を開いた私は、すぐに扉を閉じる寸前まで戻す。


 廊下に響く声に聞き耳を立てた。私の不審な動きに、エレオノールやクリスティーネも倣う。エレオノールはウサギ獣人なので耳がいい。離れた位置でも聞こえそうだった。長いピンクのふわふわ耳が、ぴんと立つ。


 テオドールと、女性の声ね。よく聞こえないけど、これ以上身を乗り出したら、転がり出てしまう。さすがに盗み聞きははしたないので、バレないようにしなくちゃ。じっと目を閉じて聞いていたエレオノールが、ささっとメモをして手渡した。


 クリスティーネも覗き込んだメモには、痴女に言い寄られる美形臨時大使の困惑が記されている。というのも、第二皇子と共に拘束されて逃亡したはずのレオナだった。彼女がテオドールに「一緒に逃げましょう」と口説いているらしい。


 あのテオドールを? 痴女レオナが、口説く?? 想像しただけで口元が緩んだ。いわゆる「にやけた」状態になってしまう。引き締めようとするも追いつかず、音を殺して扇を広げた。


「私を攫ってぇ逃げて欲しいのぉ」


「お断りです」


 理由や追加の発言はなく、断りだけを突きつける。ばっさり切られたのに、レオナは言い寄り続けた。その辺の言葉は、聞き取るピンクのウサ耳が筆記してくれる。私達はよく聞こえない声に耳をそば立てるより、エレオノールの文字を目で追い始めた。


「知ってるのよぉ。私のことぉ、愛してるでしょう?」


「ありません」


「だってぇ、私のこと広間でぇ見つめてたじゃないですかぁ。愛してるんでしょぉ?」


「絶対にない」


 丁寧な口調が崩れたのは、何度断っても理解しないレオナにキレたみたい。鋭い殺気がここまで漂ってきそう。あのテオドールが足を止めて相手をしているなら、もうすぐね。逃亡者を捕まえるために奔走する衛兵が、この場に現れるわ。足音が聞こえたことで、レオナは手を伸ばした。テオドールの腕を掴もうとしたけれど、彼はすっと後ろに引く。触れさせるわけがない。


 たたらを踏んで転んだレオナを冷めた目で睨み、テオドールは仕上げに掛かった。数歩下がった先で、膝をついた。


「やめろ! 近づくな!!」


 大きな声を上げて、何かを被った。袋? その正体はすぐに判明する。


「いたぞ! 逃亡者の……え? シュトルンツの大使のお一人では?」


「ケガをしておられる!」


「応援を呼べ」


 あっという間に騒ぎは数倍になった。そっと扉を閉めて、私はぎこちない笑みを作る。クリスティーネは、手にしたカヌレの包みを大切そうに抱え、にっこり笑った。


「ご安心ください。カヌレの秘密は守りますわ」

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