166.日本でよく食べたわ
同席したがるテオドールを追い出し、女3人で円卓を囲む。まだ大広間の方は揉めているらしく、この窓辺から灯りが見えた。紛糾する現場の混乱を見ながら、お茶も楽しいわね。お酒が飲めたら、悪役感が高まるんだけど。
「災難だったわね」
婚約破棄されたご令嬢は、これで3人目だけど、気分がいいイベントではない。私にとって彼女達を手に入れる絶好のチャンスだが、同時に傷付くことが確実な騒動だった。私が招いた結果じゃないけど、望んでた展開なのは事実よ。だから罪悪感があるの。
「いえ、私は良かったと思っています。結婚前なら傷は浅くて済みますから」
エレオノールが淹れたお茶を、クリスティーネは口元に運んでカップに口を付ける。だがすぐに離した。確かめるように、流した少量のお茶を味わう。我が国では銀の匙を使うけれど、ルピナス帝国では使わない。代わりに、毒の有無を確認する方法が伝わっているみたい。
私とエレオノールは取り出した銀匙でくるりとお茶を回した。じっと見つめたクリスティーネは、ぱちぱちと瞬きした。
「そちらの匙は純銀ですか?」
「ええ、毒見用よ」
肯定して彼女に手渡す。色の変化なく美しいシルバーを確認し、彼女は同じように紅茶に差し込んだ。もちろん色が変化することはない。味方になる人に、毒を盛る意味がないもの。エレオノールが淹れた紅茶の葉は、シュトルンツから持ち込んだものだった。一度も他人の手に委ねていない。
「便利ですね。ルピナス帝国では、毒の味や色、香りを覚えるんです」
「効率が悪いわ。知らない毒だったら飲んでしまうし、遅効性の毒もある。少なくとも銀匙なら、致死毒は確認できるの。それに今はハイエルフの魔法がかかってるから、痺れ薬や眠り薬でも反応するわよ」
銀匙から始まった話は、毒の見分け方で盛り上がってしまい、少しして我に返る。こんな話をするために呼んだわけじゃないの。
「どうぞ。シュトルンツで人気なのよ」
カヌレを差し出す。綺麗に割って口に運んだ。ふわりと広がる洋酒の香りがなんとも言えないわ。似たようなお菓子を発見した時の感動を思い出した。
「カヌレみたいですね」
ん? やっぱり転生者ね。それとも転移かしら。
「ええ、日本でよく食べたわ」
さり気なく探りを入れる。知らなければ、そういう名前の地域があるのだろうで流せるけれど。クリスティーネはカヌレを口に入れ、ゆっくり味わってから微笑んだ。
「私は日本でよく作りましたよ。ケーキやクッキーも得意ですし、プリンも好きです」
エレオノールは日本という単語を理解できない。だから、クリスティーネと目で合図を交わし、そのまま残りを口に入れた。
「ローゼンミュラー王太女殿下も、同じ場所におられたなんて。奇遇ですわね」
「ええ。本当に……たぶん、第二皇子の愛人もいたのではなくて?」
「その可能性は高いですわ」
話しながら、スコーンへ手を伸ばす。夜なのに食べ過ぎかしら。迷って一番小さなスコーンを割った。クリームを控えめに乗せて、ぱくり。エレオノールはカヌレで終わりだけど、ジャムとクリームをたっぷり乗せたクリスティーネは満面の笑みだった。本当に甘いものが大好きなのね。
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