165.甘いお菓子とお茶をいかが?
「エンゲルブレヒト侯爵家を、同格でシュトルンツへ迎えたいの。いかがかしら?」
驚いて目を見開くクリスティーネは、すぐに目蓋を伏せた。感情豊かな青い瞳が見えなくなる。途端に、手強さを感じた。
「ですが、我が領地は貴国と接しておりません」
へぇ、そう来るのね。領地が続いていないから、このまま合流は出来ない。民を見捨てられないと建前をかざした。ならば、物理的に繋いでしまえばいいわ。
「テオドール」
「はい、我が君。こちらです」
さっと地図を広げるテオドールが、小さな領地を示した。記された領主の名を声に出す。わざと聞こえるように、大きめの声で。
「第二皇子だったアウグスト殿下の別荘があるのね。ならば直轄領のはず。あら、クスケ男爵領……もしかして、先ほどの愛人……いえ、妾? の実家かしら」
知っていた情報を大々的に触れ回る。この話はほとんどの貴族が知らないはずよ。だって、地図上は王家直轄領なんだもの。大国シュトルンツと国境を接する一帯は、最前線となる砦が建っていた。だから一貴族に与えていい土地ではない。防衛戦の重要拠点だった。
貴族院も知らぬうちに、皇族が独断で土地を一男爵家に与えたなんて。どう反応するか、想像するだけで楽しくなるわ。
「なんですと?!」
「どういうことですかな!」
「クスケ男爵はどこだ!!」
騒がしくなった夜会の広間は、さながら紛糾する国会議事堂。野次や罵声が飛び交い、品性のカケラもない。どこの世界でも同じなのね。国の代表者として澄ました顔をしてる人ほど、裏で汚い言葉や手段を好む。私も含めて、ね。要は悟らせなければいいの。
「皇族の婚約破棄の慰謝料は、この土地にしましょう。加害者の愛人の実家が所有する、王家の別荘なんて素敵。いかが? エンゲルブレヒト侯爵令嬢」
パチンと扇を閉じて微笑む。すっと手を伸ばし、レースに覆われた指先でクリスティーネは地図を指し示した。
「土地が繋がるのであれば、新たなご縁を歓迎しますわ。私も、もちろん両親や義兄も」
一族全員で、国や主を乗り換えてもいい。騒がしい中、彼女はそう言い切った。口説き落とせたみたいね。
「テオドール、この土地を落として頂戴」
「承知いたしました」
交渉へ向かったテオドールを見送り、エレオノールが距離を詰める。護衛のつもり? 微笑んで彼女を隣に並ばせた。
「夜会はお開きみたいね。よろしければ、宮殿の一室でお茶でもいかが?」
宮殿の主人は貴族に囲まれ、喧々囂々に責め立てられている。第二皇子は愛人と逃げ、第一皇子は拘束中。誰も収拾つけられない状況なら、夜会はもう終わりだろう。
「お茶は私が用意します」
エレオノールは微笑んで一礼する。ピンクのウサ耳がふわりと揺れた。迷うように視線を泳がせたクリスティーネへ、止めの一言を放つ。
「シュトルンツで人気の、甘いお菓子も用意しましたわ。お口に合うと嬉しいのですが」
「甘い……ぜひお伺いしますわ」
クリスティーネはきつい顔立ちから想像できないくらい、甘い物が好きなの。このために運ばせたお菓子、ぜひ堪能して欲しいわ。我が国に移住したくなるくらいに、ね。
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