201.愛用の品が極上品とは限らないわ

 口をつけた紅茶は、ほんのり甘かった。火焔菜レッドビートかしら。ハイビスカスやローズヒップの酸っぱさを想像していたので、口に含んだ瞬間の違和感は凄かった。まさか甘いとは思わなかったわ。


「疲れたら甘い物、でしょう?」


 お母様はからりと笑う。悪戯が成功した時のお顔ですわね。わざと紛らわしいお茶を用意したみたい。一瞬眉が動いてしまい、動揺を見透かされたのが悔しいわ。


「疲れる原因に心当たりがお有りかしら」


 貴族の会話と同じ、遠回しに仕掛けたのはお母様でしょう? と問う。微笑んだお母様は答えず、ちらりと私の後ろを確認した。同行したテオドールを視線で示し、首を傾げる。


「愛用の品が極上品とは限らないわ」


 テオドールのことね。


「ええ。見た目のいい豪華な宝石箱だからと、中身が本物の宝石とも限りませんわ」


 見栄えのいい宝石箱にしまう宝飾品が、本物だなんて誰が決めたの? 高級品を安いオルゴールに詰め込み、偽物をさも本物のように宝石箱に入れたかもしれなくてよ。


 親子とは思えない寒々しい会話に、お父様がまた涙を溢れさせる。


「お父様……」


「だって、僕はただ君達が幸せならいいのに……こんな家庭になるなんて」


 幸せな一般人の家庭を夢見たと言われても、シュトルンツ国の王族には縁がない話よ。少なくとも私とお母様はよく似ている。お互いに手の内を読み合い、化かし合うのが日常なの。どう答えたものか、迷う私の視線に、お母様の眉尻が下がる。


「エリー、泣かないでちょうだい。私が悪いみたいじゃない」


 お母様が愛称でエリーアスお父様を呼ぶのは、外部の者がいない時だけ。テオドールはいいの? 不思議に思うけれど、王配候補なら構わないのかも。


「でもマーリエ。僕は嫌だって言ったよね」


「仕方ないのよ、シュトルンツは短期間で大きくなった国だから、王族に相応の能力が求められるわ。以前にも話し合ったでしょう」


 泣きじゃくるお父様を、お母様が抱き締める。私は何を見せられてるのかしら? 急いで仕事を切り上げたのは、両親の甘いやり取りを見るためじゃないの。今回の騒動の顛末を聞いたり、他国との調整について話を……。


「お嬢様、お諦めください」


「ええ。大丈夫よ、ちゃんと待てるわ」


 一瞬、イラッとした感情を表に出したみたい。気づいたテオドールに慰められ、大きく深呼吸して待った。蕪に似た根菜から煮出した汁で入れた赤いお茶を、ゆっくり味わう。甘い物ってストレスにも効果あるのよね。


「ごめんね、マーリエ。君が女王という重責を担ってるって理解してたのに」


「いいのよ、エリー。私の愛しい人。あなたがそうして心配してくれて、とても嬉しいわ」


 見つめ合う美男美女、眼福な光景なんだけど。一言言わせていただくわ。


「お母様、お父様。そろそろ終わりにしていただける? 年頃の娘の前ですわよ」


 照れて俯くお父様は綺麗だし可愛いわ。私の好みじゃないけれど、あのお祖父様の息子とは思えない純粋さがある。お母様がお父様を選んだ理由、わかる気がするわ。


「聞きたいことがあるなら、どうぞ」


 お母様は照れる様子もなく、平然と話の先を促した。だから私も遠慮なく切り出す。


「私の側近候補達を遠ざけたのは、邪魔をされたくなかったからでしょう。だったら裏目に出ているわよ」


「ええ。読み誤ったわ」


 素直に失敗を認めたお母様は、テオドールへ合図した。彼が当たり前のように、別のポットからアッサム茶を注ぐ。ちょっと! 違うお茶があるなら、言いなさいよね!!

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