335.これは前世で有名な作戦なの

 刻々と状況が変わり、その報告が入ってくる。リアルタイム中継だなんて、最高の贅沢ね。この世界で実現すると思わなかったわ。


 これは送信側の戦場に、精霊の剣の乙女エルフリーデがいる恩恵ね。受信のリュシアンが優れているのもあるけれど、精霊達はこぞって情報を送ってきた。どうやら褒めてもらえるのが嬉しいみたい。


「そうか、助かるぞ。ありがとう」


 リュシアンはこまめに労うことを忘れない。それ故に、また喜んでもらおうと精霊達は奮起するのだ。


「これ借りるからな」


 そう告げたリュシアンは、将棋盤を引き寄せた。駒の意味など知らないが、両軍の位置と人数に合わせて駒を置く。どうやら一千人で駒ひとつみたい。


「敵が四つ、こっちが三つと」


 布陣を示すついでに、砦の位置に王将を立てる。分かりやすくて助かるわ。


「これが砦で……連中はすでに砦を出たな」


 お兄様達の後ろに、五つの駒が置かれる。敵の位置から援軍は、お兄様達が邪魔で見えなかった。密集体系でダイヤのような形になった敵に対し、お兄様は横に大きく広がっている。


「これって有名な陣形ね」


「そうなのか?」


「ええ。以前に読んだわ」


 その本を教えろ、読みたいと騒ぐリュシアンに「後で話してあげるわ」と誤魔化す。前世で読んだ歴史の本なんて、この世界にないと思うの。


「横に広がると、密集した敵に中央を突破されちゃうじゃないか」


 リュシアンは心配そうに呟く。私は彼に説明するため、横並びの両端の駒を少し前に押し出した。


「次はこうなるの。そして敵が何も知らずに突っ込むわ」


 中央にはカールお兄様がいる。完璧な指揮で左右に避けるでしょうね。


「この駒の中央を通らせるのよ。わざと隙間を作って誘導し、味方は左右に割れる」


 逃げるのではなく、意味ある撤退だ。これで被害が格段に減るはず。すでに両翼は前進し、砦への逃げ道を塞ぐわ。


 駒を動かすと、リュシアンが途中で気付いた。


「これって、回り込んで退路を断つんだな? それに……正面から五千の援軍が襲いかかる」


「退路を断つだけでなく、回り込んだ両翼も襲いかかるの。前後左右と包まれた状態で、烏合の衆はどこまで戦えるかしらね」


 固まってダイヤの形になったのは、中央突破を狙うから。それは敵の数が少ないと見積もった彼らの誤算よ。正面から自分達より多い兵力が迎え撃ち、逃げようとしても後ろは塞がれ左右にも兵が広がっている。


 実際は左右の兵は壁が薄いから突破できるの。でも囲まれたと認識した状態で、彼らがどこまで正確に把握できるかしら。


「……嫌な作戦だな」


「エルフリーデの策よ」


 笑顔で伝えると「女は怖い」と顔を顰めている。そのくらい用心しないと、撃沈されてしまうわね。


 前世の記憶を持つエルフリーデ曰く、アニメで観た作戦らしいわ。なんとなく想像ついたけど、私もファンで最終話まで観たのよ。懐かしいわ。今度ゆっくり語りたいわね、壮大な英雄の物語を。

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