406.私の作った網に穴を開けるなんて
昨夜、なぜあんなに不安だったの? そう思うほど、目覚めはスッキリしていた。
まだ大陸のすべてを手にした訳ではないのに。不安を抱くなんて早すぎるわ。準備を終えて子ども達と朝食を摂り、執務室へ足を踏み入れた。途端に、エルフリーデが駆け寄る。
「おはよう、朝早いのね」
「おはようございます。ブリュンヒルト様、リュシアン殿から連絡が入っています」
手渡されたのは、箇条書きにされた通信内容だった。じっくり目を通す時間はなさそう。表面を読み取り、眉を寄せた。シントラーの元王女が、主犯の妻らしい。平和主義の元王族が叛逆の旗頭にされたのは、これが起因したのでしょう。
「この結婚の報告は入ってないわね」
「はい。妻を娶った記述はありますが、相手の肩書きが入っておりません」
名前だけ記載して逃げたのね。ならば、それを許した文官がいるはずよ。私の記憶が正しいことを肯定したのは、分厚いファイルを広げるエレオノールだった。
我が国の貴族だけでなく、亡国や属国の王侯貴族のその後は、丁寧に記録させている。この国は複数の物語の「隣国」なの。いつどこで、この国を滅ぼす物語が始まるか。常に監視する必要があった。私の代で始めた制度よ。
必要があるから作らせた網に穴を開けるなら、地位や功績を捨てる行為ね。きっちり詰めるよう、エレオノールに指示した。
「承知いたしました」
ピンクのウサ耳の元王女は、愛らしい過去の姿が嘘のように黒い笑みを浮かべる。引退した祖父バルシュミューデ侯爵に鍛えられ、私の補佐をして十年以上。表の建前と裏の本音を使い分ける、優れた宰相に成長した。
彼女にとって、私の治世を揺るがす害虫を放置する理由はないの。処理方法を任せると口にする必要はなかった。どこの世界に、小物の悪人の処刑を指示する王族がいるのよ。不愉快だわ、の一言で翌日には消えているわ。その権力こそが、悪い虫を呼び寄せるのだけれど。
発見した元王女をどうするか。それを問うて来たのね。一般的に考えれば、利用されるから処分でしょう。けれど、すでに利用されている。元国王にしたら、可愛い娘を取り戻したいのかも知れないわ。
恩を売るべきか、危険の種を処分するべきか。迷うまでもない。
「リュシアンにどう伝えますか」
問うエルフリーデの表情は、答えをすでに知っていた。
「エルフリーデ、彼女は妻ではなく人質じゃないかしら」
人質は救い出して、保護者の元へ帰すべきでしょう? にっこり笑った私へ頷き、すぐに精霊達が情報を伝える。ここで元王女を切り捨てても、私に何のメリットもないの。だけどシントラーの国王は人気が高い。彼らに恩を売り、民の歓心を買うのはとても効果的だった。
「ブリュンヒルト様、少しお待ちください。クリスティーネ様が動いておられます」
「クリスティーネが?」
どこで何をしているのかと考えたのは昨日。どうやらリッシリアの騒動に絡んでいるみたい。あの子の政治的嗅覚ってどうなってるのかしら。
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