405.夜の闇は心を弱くするのね
ふと目が覚めたけれど、室内はまだ暗い。明け方も遠い時間みたいね。外から光が差し込む様子はなくて、寝返りを打った。普段は見られない夫の寝顔に見入る。私がこの世界で王族に生まれなかったら、嫉妬するレベルの顔よね。
どこの王族も美形を伴侶に迎えるから、男女ともに美人が生まれる。女系だけれどシュトルンツも同様だった。お父様も中世的で綺麗な顔立ちだし、肖像画を見る限り王配はタイプこそ違えど美形に分類される人達よ。その間に生まれる子は、間違いなく美人になる。美人のサラブレッドね。
どの物語でもヒロインは美人だわ。可愛いタイプでも顔は整っている。悪役令嬢は言うに及ばず、整った顔立ちが並ぶ歌劇のよう。ハレムも美人揃いだけれど、その中でも群を抜いて美形の表現が目立つのはテオドールね。BLゲームの攻略対象だもの、当然だけど。
溜め息をつきそうになって、慌てて飲み込む。彼を起こしてしまうわ。寝顔が堪能できるのは珍しいから、もう少し見ていたかった。
「どうなさいました」
やだ、起きていたのね。テオは目を閉じたまま、静かに問う。寝顔に見入っていたと気づかれたかしら? 指を伸ばして長い睫毛に触れた。目の縁をなぞって、頬を滑って落ちる。
「ヒルト様?」
ぱちりと開いた目は蜂蜜色、甘くてとろりと流れ出しそうだった。
「ヒルト、よ」
「ヒルト」
命じたみたいになってしまった。いつもそう、何度教えても「ヒルト様」なのよね。慣れたけれど、たまには乱暴に呼び捨てて欲しいの。私が拾ってから、ずっと一緒にいた。王太女の重圧に潰されかけて泣いた日も、ダンスのレッスンで転んで膝を擦りむいた日も。思い通りに行かなくて癇癪を起した夜も。
「私より先に死んだら許さない」
「承知いたしました。ですが後を追うことはお許しください」
「いいわ」
子ども達が大きくなって私の手を必要としなくなったら、それでもいい。それまではどんな手を使っても、あなたが私を生かしてくれる。優秀な部下もいるから、策略や叛逆は未然に防がれるでしょう。外敵はどんな手段を講じても、テオドールが叩きのめすわ。
心配はしない。私は必ずこの世界で夢を叶えるんだもの。その後は娘次第、愚かな行為で私の努力を無にしても仕方なかった。そうならないように教育はするけれど。個人の資質は分からないし、もしかしたらどこかの物語で滅亡する「某国」や「隣国」として登場するかも知れない。
テオドールは私が拾って育て、躾けた愛犬だわ。だから主人に忠義を尽くして、後を追うのを止められるわけがない。それも悪くないわね。
「もうお休みください。夜の闇は心を蝕みます」
抱きこまれて、彼の胸に顔を埋めた。吸い込んだ香りに目を閉じれば、すぐに意識が吸い込まれていく。とりとめもなく考えていた未来が、ゆらゆらと陽炎のように輪郭を消して。
「朝……起こして」
「はい」
悪夢の中に取り残されないよう、あなたが私を呼び起こして頂戴。柔らかく返った声に頷く余裕もなく、私は眠りの腕に落ちた。明日は忙しくなるわ。
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