404.女王の仕事も母親の役目も休憩
作戦決行の許可を得たリュシアンは、積極的に準備を始めた。必要となる物資や騎士の手配を要求され、都度エレオノールの連絡で送り返す。
一見すると無駄だった。途中を省いて、直接の指揮権をリュシアンに与えればいい。そうしたらもっと早く対策が打てるし、正確に伝わるわ。だけど、欠点もあった。
リュシアンが暴走した時、止める人がいないのよ。あの子は何かに夢中になると、後の騒動を考えずに動く。後片付けが大変だし、王家への信用が揺らぐ可能性もあった。
何より、新しい通信システムの構築練習として最適なの。こんなチャンス滅多にないわ。実戦に限りなく近い状態で、テストができるんですもの。様々な調整を入れながら、準備は整えられた。
「明日動くから、王族の保護をよろしく! とのことです」
くすくす笑いながらエルフリーデが伝えた内容に、私も肩を竦める。執務室に残っているのは彼女とエレオノールだけ。出るように促しながら、私は扉を出たところで足を止めた。差し出した手を、恭しく支えるのはテオドールだ。
絶対に待っていると思ったわ。少し袖が濡れているのは、娘や息子を風呂に入れたからね。ふわりと香るラベンダーに目を細めた。
「三人とも終わった?」
「いいえ、大切な奥様のお世話が残っております」
私のお風呂の世話もしたいのね。直球で伝えられた要望に頷き、後ろの二人にも今日は休むよう伝えた。夕飯の時間になるもの。残業は禁止よ。
最後の通信をリュシアンに送ったエルフリーデは、迎えに来たカールお兄様と腕を組む。エレオノールの可愛い飼い犬は部屋から出せないので、代わりに護衛騎士が付き添った。宰相として働く彼女には、専属の騎士がいるのよ。飼い犬によく似た、とても忠誠心厚い子を選んだわ。
「本日はここで失礼致します」
「おやすみなさいませ」
彼女らの挨拶に笑顔で応じ、食堂へ向かう。子ども達が待っているわ。あまり待たせると眠ってしまうかも。足早に向かった食堂は狭い一室なの。
長いテーブルの端と端ではなく、狭い丸テーブルがひとつ。手を伸ばせば反対側に届く距離よ。お料理は大皿で用意させ、取り分けて食べる習慣にした。前世のようで、なんだか落ち着くわ。
マナーは専属の教師がいるから任せる。私が彼女達に教えるのは、ただ一つ。会話をしながら美味しく食べること。もう少し年齢が上がったら、社交関係の教師がつくわ。食事中の話題の選び方や、様々な知識の応用を叩き込まれる。その前の貴重な時間を、出来るだけ一緒に過ごしたかった。
この子達が大人になる前の、小さな日常や本音を聞きたいの。ヴィンフリーゼは歌の授業で褒められたと歌おうとし、食べてからとテオドールに止められる。後で歌を聴いて褒めてあげたいわ。
フリードリヒは庭で見つけた蟻の行列の話を、必死に身振り手振りで伝えてきた。よほど気に入ったのね。大発見だわと頭を撫でたら、大喜びだった。
まだ幼いパトリツィアは、両手を使ってぬいぐるみの話を始めた。侍女の一人が人形の服を仕立ててくれたのね。可愛いエプロンなのだとか。眠る前に見せてもらう約束をした。
一段落して、子ども達を寝かしつけて約束をすべて果たし、私は崩れるように自室のベッドに座った。
「ヒルト様、お世話をさせてください」
「ええ、お願い」
女王の仮面も、母親の顔も、すべて終わり。明日の作戦決行まで、私はテオドールの妻に戻る。身を任せて運ばれたお風呂で、ゆったりと過ごした。これがあるから、明日も頑張れるわ。
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