403.常に複数の情報網を確保するべき

「あ? シントラーの王族を殺すなって? 現時点でもう手駒になってるぜ」


 殺す気は最初からないよ。そんな口調のリュシアンの返答に、くすくすと笑ってしまった。精霊のお陰で人の善悪を見抜くハイエルフは、王族を助ける方向で動いたらしい。やはり巻き込まれただけだったのね。


 街の代表を務めているけれど、王族だった権威を振り翳さない。時には公共事業に私財を投入するほど、お人好しの一面もあった。でもね、シュトルンツで公共事業の横取りは認めてないの。そう伝えて、彼らに必要な資金を請求するよう伝えたのは、もう三年近く前だったかしら。


 懐かしみながら、中継を楽しむ。数日で片をつけると言い切るリュシアンは、終わったら観光がしたいと言い出した。許可する私に、エルフリーデが苦笑いする。


「こんな私的なやり取りに使うなんて、ブリュンヒルト様らしいですわ」


 そうね、一般的には戦略を伝えたり、命令したり。そんな使い方をするでしょうね。実際、今だって連絡に使ってるんだからおかしくないと思うわ。


「叛逆者相手に出向いた宮廷筆頭魔術師へ、観光の許可を出す女王陛下……そう言い直したら分かります?」


 エレオノールが笑いながら言葉を置き換えた。そう言われると、間違ってる気がしてきたわね。ぷるりと彼女のウサ耳が揺れた。特に何も物音がしなくても、あの耳は動く。私達に拾えない音域をカバーしていると聞いたわ。


 だから未来の通信方法は、獣人達の優れた聴覚を利用するつもり。発案は私で、練ったのはリュシアンとクリスティーネだった。計画に乗って大喜びでテストを手配したのは、エレオノール本人だけれど。


「エレオノール、どう?」


「現時点で、まだ精霊の中継より遅いですね」


 どうやら届いていないらしい。同時進行で、同じ内容を飛ばすの。選び抜かれた精鋭の獣人達が、モールス信号に似た音を受信して回す。それを最後に受けて解読するのが、エレオノールの役割よ。ぴくぴくと耳を動かした直後、手元の紙にエレオノールがペンを走らせた。


「お待たせいたしました」


 差し出された内容は、エルフリーデの中継より簡素化されている。電報に近いわ。単語を並べて意味を汲み取る感じだけれど、慣れれば長文も行けそう。


「優秀だわ。さすが獣人の聴覚ね」


 シントラーの王、魔術師の味方、作戦に入る。そんな内容だけれど、最低限の意味は通じた。当初の想定より優秀だし、鍛えれば報告書レベルの長文も送れそう。


「リュシアン殿が動きます。貴族達を罠にかける……え? 囮になる??」


 空中を見ながら呟いたエルフリーデが溜め息を吐いた。聞こえていたわ。扇で口元を隠しながら、私はやや首を傾げる。囮になるのは、リュシアンではなく王族の方ね。私ならそうするわ。


 予想を裏付けるように入ってくる情報と中継を組み合わせ、作戦の全貌が掴めた。リュシアンが叛逆者のアジトを攻撃し、散り散りになったところを元王族が匿う……フリをする。ここで一網打尽にするのね。


 元王族の安全が確保出来るなら、やってみなさい。許可を送り返しながら、顔を見せないクリスティーネに想いを馳せる。今頃、どこで何をしているやら。

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