287.(幕間)貴族らしい最期は認めない
早速王太女の元へ向かい、満面の笑みで語りかける。ダンスに誘うが体良く断られた。だがまあいい。ここは想定内だ。六人も候補がいるのだから、断る必要があるだろう。
女を口説くことにかけては能力が開花した息子ニクラスを、ワイン片手に見守る。だが旗色が悪くなったのか、息子の顔が引き攣った。踵を返して逃げようとするニクラスを、キルヒナー公爵の小倅が邪魔する。舌打ちしたい気分だが、あの場に割って入ることは出来なかった。
会話が聞こえる位置へ移動する。キルヒナーの嫡男が、ニクラスの宝飾品を褒めた。これは王太女へのアピールになったはず。そう思ったが、王太女は苦笑いした。ハインリッヒ、テオドール。二人の名を呼ぶのに、息子の名は一度も口にしない。嫌な予感がした。
他国の王族の肩書きを持っているが、現在は子爵。にも関わらず、キルヒナー公爵の息子は丁寧に挨拶をした。互いの立場が逆のように。きょとんとした息子はもちろん、私も眉を寄せる。公爵と子爵なら、公爵の方が上だろう。王太女に阿る策のひとつか?
だが、そこから一気に状勢は傾いた。ニクラスの旗色は悪くなる一方だ。まさか公爵令息より、子爵家当主の方が重んじられるとは。そのような話は納得できない。ニクラスが王配の地位に就いたら、すぐに法律を書き換えさせよう。
むっとした顔でワインを煽った時、グーテンベルク侯爵が割り込んだ。王太女を侮辱したと叱られたニクラスを庇うように、口を開く。だがすぐに我がハーゲンドルフを傘下に置いたような発言をした。
そこからは畳み込まれてしまう。グーテンベルクの阿呆がやらかした。連名の書類の存在を肯定し、王家への反逆と見做される行為に反論できず崩れ落ちる。慌てて飛び出した。手から落ちたワイングラスが、足元で砕ける。
「お、王族派を贔屓なさるのですか!」
王家はどの派閥も平等に扱わなくてはならない。理想を振り翳して、乗り切ろうと試みた。論点をずらし、注意を逸せば……そう思ったが、切り返されて発言すら封じられる。
息子ニクラスが複数の女性から訴えられた? くそ、何をやっているんだ。苛立ちながら否定すると、揚げ足を取られた。あれよという間に、詰められていく。違う、勘違いだったと騒ぐたび、周囲の視線と咎める声が鋭くなった。騒いでかき消そうとした王太女の声が、淡々と断罪する。
何も知らなかった妻は、公の場で披露された内容に卒倒した。もうやめてくれ。三男ニクラスと共に牢へ放り込まれた。あの後、妻はどうしたのか。長男と次男は何をしている? さっさと私を牢から出すべきだろう。ちゃんと根回しし、手を尽くしているのか?
答えはすぐに目の前に現れた。テオドール・ワイエルシュトラウス――王太女の犬だ。黒い服に着替えた彼は、銀髪のハイエルフと組み、私やニクラスを痛めつけた。手足の指を擦りおろし、癒してはまた同じ拷問を繰り返す。一度行われた激痛を知るから、体はさらに痛みを増幅して怯えた。
「穢らわしい目で、我が主人を品定めするなど。その罪、万死に値する」
宣言以上の苦しみを与えられ、痛みにのたうち回り、裁判が始まる頃には口を開く余力もなかった。ヴェールで姿を隠した女達が何かを叫び、私達を糾弾する。その言葉もろくに理解できなかった。
視線を巡らせた先で、傍聴席に妻の姿を見つける。希望に目を輝かせた私へ、妻は嫌悪の眼差しを向けた。その後、牢で聞かされたのは……離婚と除籍だった。貴族籍を剥奪された私は、すでに伯爵ではない。ニクラスも同様だった。
二度と女性に危害を加えられぬよう、生殖機能を奪われる。その上で、平民として放逐された。いっそ死刑にしてくれと泣きつく私に、王太女の犬は美しく微笑んだ。
「その泣き顔と悲鳴、最高の醜態ですね。我が主人にお見せしたかった」
過去形で語る意味は、今後二度とそのチャンスは訪れないという示唆か。ならば、街へ出た我々の命は風前の灯だろう。にも関わらず放逐した……貴族らしい最期は認めない。のたれ死ぬなり、殴り殺されるなり。どちらにしろ惨たらしい最期が待っているのだ。
震えながらも、その恐ろしい予測を避ける手はなかった。
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