288.(幕間)王族派筆頭公爵家の誇り
キルヒナー小公爵、そう呼ばれるようになって何年目だろうか。我がキルヒナー公爵家は、王太女になれぬ王族の受け皿として機能してきた。王族派を束ねるが、それほど派閥争いに必死になる必要もない。
当代の女王アマーリエ陛下は、先見の明がある方だった。商才のある者や一部の学問に秀でた者を積極的に登用し、爵位を与える。逆に貴族であることに胡坐をかき、義務を果たさぬ貴族を除籍した。既存勢力からは反発もあったが、すぐに目に見える効果が現れた。
国は富み、民は豊かな生活を享受する。そうなると、誰も文句が言えなくなった。斬新な改革が多いが、そのほとんどが王太女殿下の
己に厳しく他者にはさらに厳しい父、当然ながら私も厳しく育てられた。公爵家を継ぐ者として、出来て当たり前。賢く、強く、寛容であることは常に求められた。その厳しい父が、王太女殿下を褒め千切る。自分と何が違うのか、興味を持って調べた。
結果、敵う筈がないと諦めが胸に広がる。圧倒的な知識の上に立つ柔軟な発想と豊富な策の数々は、王太女殿下がいかに稀有な存在か突きつけた。だが絶望はしない。この人を支えることが公爵家の嫡男である私の役目なのだ。
有能な配下はご自分で手に入れられた。ならば、支えるもうひとつの役割は私が担当しよう。貴族達を黙らせ、管理し、時に操る。王家の血を引く公爵は汚れ役にぴったりだ。自らの役割を理解すれば、為すべきことは見えた。
婚約者候補に名が挙げられたとき、口元が緩むのを抑えられなかった。もうお相手は決まっている。王族派からは、シェーンハイト侯爵家の三男クラウスも名を連ねた。有能な彼は執政官として王宮務めの席を賜る。私は嫡男であるため、露払いを命じられた。つまりはそういうことだ。
貴族派はグーテンベルク侯爵次男ヨルダンと、ハーゲンドルフ伯爵三男ニクラスを推挙する。愚かにも程があるだろう。ヨルダンは騎士として能力を認めるが、頭は弱い。策略にも使えないので、王配は無理だった。本命として挙げたのなら、ニクラスは悪手だ。
誰もが知る女癖の悪さもだが、もしかしたら王太女殿下を手籠めに出来ると考えたか。王太女殿下に固執する執事の目をすり抜けて? 大陸最高峰の暗殺者も近づけさせない男相手に、無謀が過ぎる。
リュシアンと名乗るハイエルフも同様だった。種族の特徴として精霊魔法を操る。毒にも詳しく、当然痺れ薬や媚薬も彼が排除するはずだった。王太女殿下の安全は、外からも中からも守られている。その至宝に手を出そうと企むなら、宝を守るドラゴンとして牙を剥くのは私の権利だった。
命じられて動く駒にあの方は興味を示さない。さあ、どうやって潰してやろうか。王太女殿下の獲物を奪わぬよう、慎重に距離を詰める。貴族特有の言い回しや嫌味も理解できない低能を嘲笑しながら、ニクラスを甚振る未来の主君に頬を緩めた。
絶対に手が届かない黄金だが、こうして崇めることは許されよう。言葉遊びに強烈な毒の棘を仕込んだ姫は、優雅に敵を刺す。楽しそうな狩りの邪魔をしないことが、私にできる最大の協力だった。
艶やかに場を支配する美しき蝶、彼女を狙う害虫を駆除するのが王族派筆頭の誇りなのだから。
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