286.(幕間)ハーゲンドルフの復活を
ハーゲンドルフ伯爵家――かつて侯爵だった家名である。三代前の当主が不正を行い、当時の女王により爵位をひとつ落とされる事態となった。不名誉な家名として今も残る。文官などの職に就くことが多いハーゲンドルフは、武力の腕はからっきしだった。
カールハインツ王子が生まれた際、年齢の近い長男が側近候補に挙げられた。しかし武力で名を馳せた騎士に倒され、王族派の重鎮家系の息子に頭脳で負ける。一族の汚名を晴らし成り上がろうと考えるのは、当主なら当然だろう。だが息子達は揃いも揃って使い物にならなかった。
言われた通り行動するが言われなければ動かない長男、事なかれ主義で無難に乗り切ろうとする次男。女にだらしなく騒動を起こす三男と並べば、妻もうんざりした様子だった。
私自身、妻を愛している。同時に他の女性も愛おしかった。何人いても足りない。美しい女性を見れば、欲しいと思うのは男性の本能だ。だが一般的に非難されることは理解していた。まだ若い三男ニクラスは、女の尻を追いかけることに夢中でその辺の処理が甘い。何度尻拭いをしたことか。
だが、ようやくチャンスが来た。長男をカールハインツ王子につける策は失敗したが、三男ニクラスを王配候補に押し込むことに成功する。グーテンベルク侯爵の次男が一緒に推薦されたが、ただの筋肉ダルマだ。使い物にならない。女を見ると赤面して逃げる馬鹿など、ニクラスの敵ではなかった。
「王太女殿下を落とせ。そうすればお前の天下だ」
頭の軽い息子によく言い聞かせる。しばらく別の女を追いかけるのをやめ、あの高慢ちきな王太女を狙え。二人きりになればしめたものだ。そのまま押し倒して既成事実を作ってもよし、なんなら疑わしい状況を誰かに目撃させるだけでもいい。
王家は醜聞を嫌う。王族派のキルヒナー公爵やシェーンハイト侯爵も子息を候補に挙げたが、実際のところ女の扱いに関してはニクラスが抜きん出ていた。お高く留まっていても、女など組み敷かれて愛を囁かれたら大人しくなるものだ。一度抱けば、ニクラスの虜だろう。
女は初めて知った男の味を忘れないと言うからな。友人達との下世話な会話を思い出し、にやりと笑う。夜会で紹介される息子は得意げだった。今日のために、高価な宝石もふんだんに与えた。他の貴族令息に比べ、随分と映えるではないか。
自国の貴族だけでは偏ると思ったのか、女王は他国の元王族や異種族を巻き込んだ。顔の整った彼らは華やかさを与えるが、選ばれることはない。賑わしのひとつだ。亡国の数十番目の王子など、あの綺麗な顔以外に価値はない。もし女なら傾国になったやも知れん。
異種族のハイエルフも同様だ。顔はいいし魔法が使えるらしいが、王配に求められる素質ではなかった。そもそも汚らわしい人外の血を混ぜたら、王家の血統主義は崩壊する。どの貴族も王家の血筋が
女王の産む女児であれば、血統は継承される。裏を返せば、次の女王に確定した王太女が女児を身籠れば、誰の種であっても王位継承権が発生するのだ。孕ませることに関して、もっとも経験値が高い息子の勝利を疑わなかった。
あと少し。最高の高みに手が届く。先祖の失態も汚れた家名も、最高の輝きを放つ王族の肩書きで洗い流してくれる。期待しながら、中央で踊る王太女と王子を見つめた。息子の後でいいから、あの女を組み敷いてみたい……歪んだ欲望に舌舐めずりした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます