243.婚約者を顔で選んだ? いいじゃない

 テオドールと合わせて衣装を選ぶ。女王になったら着用できない黒に銀刺繍をたっぷり。独身時代、最後の挑戦よ。この国で葬儀に黒は着用しない。同様に、婚礼衣装も白に限定されなかった。


 喪服はデザインによって決まる。男女ともに前ボタンはなし。レースやフリルも禁止される。そのため一目で喪服だと判断できた。色は好きな色で作るけれど、一般的に紺色が多い。


 逆に婚礼衣装は華やかだった。まず王侯貴族の婚礼ドレスなら、レースとヴェールは欠かせない。色は問われないが、薄い色が多かった。私の場合は、薄紫と決めている。瞳の色に合わせた形よ。髪色にも似合うし、夫が誰でも濃紫か紺なら似合うだろうと考えていたの。


 ルピナス帝国で思いついてから、銀刺繍を施したドレスの製作を依頼していた。今回の婚約発表にぴったりだわ。王宮で行われる夜会に、黒を着る人は少ない。馬車から降りた夜の風景に、溶け込んでしまうからよ。私のように外へ出ないならいいけど。


 女王が黒を着用しないのはルールではなく、玉座の一部になってしまうから。磨き抜かれた艶のある黒檀の玉座は、螺鈿などの細工が施されている。とても立派で継承しがいのある玉座だけど、黒いドレスは似合わなかった。生首と手首だけ浮かんでるみたいに見えるでしょうね。


 手配したドレスの進捗状況を確認させ、お飾りに悩む。金髪だから金細工、と簡単にはいかない。髪飾りは黄金では同化してしまうのだ。迷う私に、テオドールが簪を持ち込んだ。


「我が姫君、こちらはいかがでしょう」


 通常、金属で作られる簪を水晶から削り出したらしい。揺れる飾りは珊瑚と真珠だった。珊瑚も真っ赤ではなく、柔らかなコーラルピンクだ。これなら悪目立ちしない。


「素敵ね。このピンクに合わせ、首飾りと耳飾りは同色系がいいわ」


 ピンクの宝石なら、銀の細い鎖を絡めたような首飾りがある。確かピンクのダイアやサファイアを使っていた。手持ちの宝飾品を指定すれば、テオドールは心得たように取り出す。ドレスの胸元まで大きな刺繍を入れなくてよかったわ。一体感が出て素敵だと思う。


 納得して、招待客リストのチェックに入った。難しいのは国内貴族より来賓の方よ。他国との力関係や協力体制により、人数を揃えないとバランスの取れない国がある。呼びたくないけど、仕方ない。人数だけ決めて調整し、参加する人物の特定は各国に任せた。


 あまり締め付けると反発するので、ある程度の裁量権は残しておきたい。反発されても潰すだけよ。でも無駄な血は流したくないの。私の治世が始まれば、締め付けるんだもの。今から首を掴んで予告する義理はなかった。


 じわじわと周囲を取り囲み、気づいたら逃げられない状態に持ち込むのが最高ね。その時の絶望に染まる顔が今から楽しみだわ。想像するだけで、先ほどの不快感が薄れた。


「悪いお顔をなさっておられますよ」


「いいじゃない。テオしかいないんだもの」


 私的な呼び方をすれば、テオドールは嬉しそうに微笑んだ。美しい顔をじっくり観察して、夜会で囁かれるだろう言葉に思い至る。


 ――王太女殿下は、婚約者を顔で選んだようだ。言われてもいいわ。だってリュシアンを選んだって同じこと言われるんだもの。羨ましさからの発言だと思えば、得意げに連れ回してやりたくなる。この厄介な性格、絶対にお母様からの遺伝だと思うわ。

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