244.王家の監視役を呼ばなくちゃね

 テオドールの衣装も確認し、私達は別の手配に向かった。今回の夜会にどうしても呼びたい人がいるの。彼を引っ張り出す口実がいるわ。


「カールお兄様、協力して」


 修練場でエルフリーデ相手に剣を構えていた兄は、私の声に振り返った。最近、筋肉が少し減ったかしら? エルフリーデに合わせて、鍛え方を変えたと聞いたけど、きっとその影響ね。


 向き合って微動だにしなかった二人は、エルフリーデが先に肩の力を抜いた。剣を下げる彼女より先に剣を戻したお兄様が、私に歩み寄った。膝を突いて妹の手を受けて、甲に唇を寄せて……溜め息を吐く。


「その殺気を収めてくれ。私はヒルトの実兄だぞ」


「申し訳ございません。ブリュンヒルト殿下は私の婚約者になりましたので、異性に触れさせるわけにいきません」


 いろいろツッコミたい部分はあるけど、頼み事を優先する。


「カールお兄様、お願いがあるの。バッハシュタイン公爵を夜会に呼んでちょうだい。招待状はこれよ」


 空の右手を肩の位置に上げれば、後ろからテオドールが招待状を差し込む。それをお兄様に手渡した。王太女の封蝋が施された、公式文書よ。


「エドか?」


 我がシュトルンツ国で唯一、王族の血を引かない公爵家よ。一般的に公爵家は、王弟や王女が嫁いだ家に与えられる称号であり、家格だった。豊かな領地だったり交易の要所が与えられ、財産も地位も高いレベルを誇る。王家の跡取りが途絶えないよう支えるため、特権も数々持っていた。王位継承権がその一つよ。


 シュトルンツに王家の血をまったく受け継がない公爵家が誕生したのは、お祖母様の代替わり直後だった。ひいお祖母様の王配殿下、つまり私のひいお祖父様の実家が謀反を起こしたの。当時は王配の実家を公爵家に押し上げ、ある程度の地位や財産を保証した。その慣習が仇となったわ。


 お祖母様は実父の実家を取り潰し、空白となった公爵家のひとつを、滅びた国の王族に与えた。監視役として雇ったの。逃げてきた彼らには居場所が必要で、我が王家は外部に目を向ける監視役が必要だった。両方の思惑が一致した形よ。


 故にバッハシュタイン公爵に、私の婚約者ワイエルシュトラウス侯爵をお披露目しなくてはいけないの。彼の承諾は必要ないけれど、顔は覚えてもらわなくちゃね。


「ああ、そうか。前回の夜会に参加していなかったっけ」


 あの時期はバッハシュタイン公爵の奥様が出産したのよね。招待していたけれど、欠席の連絡があった。そのことをお兄様も思い出したようで、慌てて招待状を受け取った。


 後回しにした件を片付けないとね。


「ではカールお兄様、テオドールの前で私の手に口付けるのは諦めて。次は殺されるわ。それに婚約者のエルフリーデの前でしょう?」


「……まだ発表してないが」


 まだ公表の承諾を得ていなかったのね。苦笑いして肩を竦めた。


「テオドールも、お兄様に殺気を向けないで頂戴。次はお仕置きよ」


「はいっ!」


 勢いこんで嬉しそうに答える駄犬に、私は大きな溜め息を吐いた。

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