461.(幕後)恐ろしくも羨ましい
長寿で外見も美しい。精霊の力を最大限に引き出せるハイエルフであることは、一族の誇りだった。誰もが口を揃えて、ハイエルフを褒め称える。
魔王ユーグと出会って、俺の世界観は崩れた。狭い世界しか知らなかった俺は、人族に混じって暮らし、魔族と友情を育むことで成長する。その代償は友情への裏切りだったが……。
人族の優しさや勇敢さを知るから、低俗だと罵る同族に頷いたことはない。しかし冤罪をかけられた俺を助けた人族は、その枠からはみ出していた。ハイエルフを騙して、平然と俺をアルストロメリア聖国から離脱させる。その対価に求めたのは、飽きるまで仲間として暮らすことだった。
数千年を生きる俺にしたら、わずか百年程度だ。恩を返す前に死なれるよりマシか、と同意した。それがまさか……各国の有能な人物をかき集めて側近にする計画だったとは。恐れ入ったもんだ。
見た目は美しい金髪のご令嬢だった。王族に生まれただけあり、気位の高さは一級品だ。それなのに、譲ることも知っている。稀有な存在だった。目が離せなくなり、彼女の最期の一息を看取ろうと決める。
「……私が死んでも三年は秘密よ。もちろん、あなたがユーグ陛下に会いに行くのも、三年後ね」
にっこり笑って釘を刺すブリュンヒルトは、皺が増えても美しかった。人族の魅力は、その内面にあるのだ。見た目や精霊魔法しか特筆すべきものがないエルフなんて、種族としては未熟だった。
大量の書物が子孫のために残され、ささやかな言葉の端から相手の状況を探る。王侯貴族特有の会話術は、馬鹿正直な俺達じゃ相手にならない。その上、平民でさえ様々な技術を持っていた。
植物の繊維から羊皮紙より手軽な紙を作り出し、食料の貯蔵方法は多岐にわたる。料理も手の込んだ物が多く、見た目も美しかった。彼らは短い人生の中で生み出した技術や知識を、余す所なく後世に引き継いでいる。己が技術を秘匿することなく、知識を独占することもなかった。
俺を聖国から連れ出したユーグが、最初に連れて行ったのも人族の都市だった。あれは、生命力豊かで強かな人族を、俺に見せたかったのかも。そう思ったら、冒険者として生活した百年が懐かしくなった。
ブリュンヒルトを見送ったら、また冒険者も悪くないな。そう思った矢先、彼女の体調が悪化した。ブリュンヒルトは急激に痩せ衰え、側近達が見守る中……夫の手を握って最期の一息を終える。
直前まで、孫のお祝いに着飾って顔を出すほど、気丈に振る舞った。弱った姿を見たのは身内だけ、なんとも彼女らしい最期だ。死の寸前まで、ブリュンヒルトは女王だった。
それから二日後、ブリュンヒルト・ローゼンミュラーの死が確定される。側近だった俺達は、全員喪に伏した。だが表面上は、まだ生きていると世間を騙して。遺言を守る側近の中から、エレオノールが裏切った。あいつは最後まで自分勝手で、最愛の弟を殺して主君の後を追う。
二年目にクリスティーネが病で寝込む。それから半年後、ブリュンヒルトの兄カールハインツが病で身罷った。気が抜けたんだろう。大陸制覇を成した俺達は、ブリュンヒルトという芯を失って崩れていく。
テオドールは穏やかに微笑んだまま、ただ日常を過ごした。子や孫の様子を伺い、ブリュンヒルトが生きているように振る舞う。離宮へ毎日顔を出し、葬られた妻の世話を焼いた。魔法で防腐処理をしたとはいえ、死体なんだぜ? 毎日ドレスを着替えさせるのは、健気を通り越して寒気がする。
人ってのは、ここまで誰かを愛せるんだな。その愛情が恐ろしくもあり、同時に少しだけ……羨ましく思った。きっと俺はここまでの感情を抱けない。人の感情を数値のように理解することはあっても、実感できないから。
三年目に会いに行けと、ブリュンヒルトは言い残した。許せないならそう告げればいい。もしユーグを許すなら、こう伝えろと。伝言まで用意して。いつ告げてもいいから、必ず口にしろ。最後の命令だった。
――百年近くも独占してやったわ、ざまぁみろ。
なんとも彼女らしい嫌味だが、言われたユーグの顔を想像すると笑えた。あと一年、俺は図書室に篭って過ごす。せっかく側近として、これらの知的財産に触れるチャンスを得たんだ。好きにさせてもらうさ。
見上げた空は青く、高く、どこまでも遠い。浮いている白い雲にウィンクして、片眼鏡を指先で直した。残っている書棚は後二列、読み尽くして出て行ってやる。いつか、あんたに「してやったぜ」と言ってやりたいからな。
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前向きなリュシアン_( _*´ ꒳ `*)_大きな失態もなく、彼は明るく女王を見送りました。ここから、魔王ユーグとの再会へ繋がります。
次はクリスティーネ!
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