460.(幕後)後悔しながら死んでいくの
ラングロワ王家、最後の一人エレオノール。それが私の肩書きとなった。婚約者であった弟ジェラルドは、予言の巫女キョウコに騙される。仕方ないわ、あの子は単純だもの。
忠誠を誓ったローゼンミュラー王太女殿下ブリュンヒルト様は、獣人であっても差別しなかった。能力を見て判断してくれる。それも、まだ未熟だった私に、現役の宰相閣下という教師を与えてまで。育てられた恩は返すわ。
その時に誓った忠誠が、絶対のものになったのは……ブリュンヒルト様から贈られた一匹の子犬だった。可愛いジェラルド、躾けられた弟は私に従順に従う。そうなのね、こうやって躾れば良かった。私は愚かにも弟を自由にさせ過ぎたんだわ。
子犬を大切に飼う。屋敷から出さず、誰とも触れ合わせない。私しかいない環境で、子犬はとても懐いた。
平和な生活が続く一方で、外部からの圧力は増していく。国を治める女王陛下の右腕、宰相の肩書きに他国の元王族が就くのはおかしい。そんな意見が耳に届いた。他種族である私を責めるくせに、併合された国の王族はブリュンヒルト様に擦り寄ろうとする。
見え見えのお世辞を一蹴する主君は、いつもながら惚れ惚れした。でもこのまま放置すれば、これは火種になるだろう。火の粉のうちに消し止める必要があった。クリスティーネが提案した策には、穴がある。前女王が練ったにしては荒い。それでも……逆に都合が良かった。
これなら踊らされたとしても、あのお方の補佐に戻れる。致命的な失態にならないはず。
「何なの? 頭が悪過ぎて、腹が立つわ」
遠ざけた侍従や侍女の中に、金に目の眩んだ愚者が混じる。ここから筋書きは狂った。すぐに助けるはずの末姫が連れ出され、王子はケガを負い、嫡子の行方不明が重なる。計算が狂った、そう表現するしかなかった。
慌てて騎士や兵士を動かすも、テオドールの力技で終結へと持ち込まれる。無様にも程があるわ。処罰は甘んじて受けよう。これは私達の失態なのだから。ただ、主君の地盤を固めるという目的は達成した。
謹慎を言い渡された私は、すぐに大量の使用人を雇い入れた。王宮を解雇された侍女や侍従よ。もちろん、勝手に動いた愚者も含めて。
「感心しませんね。これらは私が処分します」
「いいですわ、お譲りしましょう」
女王の番犬テオドールが、真の裏切り者を連れ去った。二度と顔を見ることはないでしょう。残酷な方法で処刑され、死体すら出ない。その結末を知りつつ、私は彼らを引き渡した。
私の計画に忠実に従い、罰を受けた者には紹介状を出した。貴族家で働けるよう、手配していく。エルフリーデにも十人ほど引き受けてもらった。ツヴァンツィガー侯爵家の財力なら問題ないし、バルシュミューデ公爵家はさらに受け入れが可能だ。
クリスティーネのエンゲルブレヒト侯爵家でも、四人を受け入れた。残りは私のところ……と言いたいけれど、残念ながら子犬が人見知りをする。以前に褒美で貰った別宅の管理を任せた。ある程度裁量を与えておけば、勝手に暮らすでしょう。
「今思えば、自分勝手だったわ」
主君のために行った、そんな大義名分を掲げて動く。事情を知る人から見れば、忠臣かもしれない。でも、自覚があった。
私は、自分が「満足する」ために動いたの。主君のためではなく、成功する主君を支える「自分」のために暴走した。大切な子犬を授けてくださったあの方の宝を、傷つける結果になるなんて。
「私は後悔しながら死んでいくの。それが罰よ」
子犬の頭を撫でながら、そう呟いた。不思議そうな顔でこちらを見る弟に、かつての面影はない。私の機嫌を窺う飼い犬は、撫でる手が止まったと不満そうに鼻を鳴らした。
「ジェラルド、いい子ね」
私が死んだら、この子は生きていけない。この屋敷には世話係すらいないから。獣人の支援をする団体を作り、そこへ財産を寄付する書面を作成していた。だから、この子には何も残らない。
「安心して。最期まで一緒よ」
死んでも離さない。耳を伏せて大人しく膝に頭を乗せるジェラルドは、何も言わずに目を閉じた。
自分の命日は決めている。大切な主君がお隠れになった日から一年後、明後日よ。最後の一日を楽しむため、明日は森へ向かうつもり。片道だけの馬車の手配も終えていた。
「ジェラルド、明日は森へ行きましょう。そう、楽しみね」
尻尾を振る弟の灰色の毛皮を、愛用のブラシで梳かした。
「最後まで、本当に身勝手な人ですね」
呆れたと溜め息を吐く気配まで感じて、天井を仰ぐ。以前は獣人の嗅覚や聴覚を持ってしても、気配を追いきれなかった男だけど、老いって残酷ね。本来の私の寿命はあと百年ほど。それを自己都合で切り捨てると決めたのは、この男に負けたくない思いもあった。
「先に行くわ。私の女王陛下はブリュンヒルト様お一人だけ」
元女王の側近から手助けを求められても、無視してきた。テオドールは無言だ。
「……本心では羨ましいでしょう?」
ふふっと笑う私の耳に、立ち去る足音が聴こえる。邪魔をしないのが、あの男の答えだった。愛犬の毛皮を丁寧にブラッシングしながら、明後日に思いを馳せる。
追いかけた私を、ブリュンヒルト様はどう叱るかしら。今から楽しみだわ。
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自分勝手に動いたことを悔やみながら引退し、主君と距離を置くことを罰としたエレオノール。最後はヒルトの命日に追いかけるという、壊れっぷりでした。
明日はリュシアンですね_( _*´ ꒳ `*)_
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