第五幕

111.彼女なら修行に出したわ

 将来、カールお兄様はバルシュミューデ侯爵家を継ぐ。正確には、未来のバルシュミューデ公爵家よ。王族が臣籍降下する際は、家の格が上がる。お兄様の代は公爵となり、次の世代は侯爵に戻るの。


 シュトルンツでは、王族の血の管理が他国より厳しい。王太女になれない王女は、結婚しても王宮内の離宮で暮らす決まりだった。女系相続の血を外へ持ち出せば、いずれ 災いの種になる。幸いにも、私にはお兄様が一人だけ。男性王族は王位を継げないため、お兄様は臣下へ下ることが許された。


 カールお兄様も王位継承権は持っている。私に次ぐ2位よ。ただ、この権利は男性というだけで行使できない。私に何かあれば、叔母様の娘が第1位になるわ。世代にずれが生じても、女系相続は揺るがなかった。


 過去に何度か、そういった世代を飛び越した相続が行われた記録も残っている。バルシュミューデ侯爵家も同じだった。唯一の相続人であるお父様が王配でいられるのは、生まれてきた王子を後継者にするため。王族として生きられない、カールお兄様の受け皿だった。


 朝から執務室で書類の処理を行い、大量に溜まった紙の山を崩していく。


「ねえ、この辺はもっと簡潔に報告させて。気になれば詳細を求めるわ」


「はい」


 文官に報告書を突き返す。これで積み上がった山が1センチくらい減った。見上げる程あるから、まだ先は長いわ。今日中に終えるのは無理ね。早々に見切りをつけ、書類の重要度を確認し始めた。左は後でも構わないもの、右は処理の期限が迫っており、中央は最重要の緊急案件のみ。


 そういえば、書類の分類がされてないわね。


「テオドールはどこ?」


「先ほど、王配であられるエリーアス殿下に呼び出しを受けました」


 侍女の報告に、溜め息が漏れる。私の書類処理が遅れている原因って、お父様なの? 書類の重要度を分類する執事の不在で、上から処理してしまったじゃない。


 1時間ほどを無駄にした私は、指先でトントンと机を叩いた。お行儀が悪いけれど、腹が立つわ。お話があるなら、主人である私を通して呼び出すべきだし。忙しくなるのがわかっている今、呼び出す必要があるのかしら。


「ブリュンヒルト様、書類のお手伝いをさせてください」


 エルフリーデは、シンプルなドレス姿だった。護衛の任務につく時は騎士服を纏うが、それ以外はドレスで傍に立つ。侍女や女性しか同行できない場所や状況もあるから。彼女の選択はベストだわ。


「ありがとう。この報告書と申請書の不備をチェックして」


「畏まりました」


 書類の半分近くを任せられるわ。気分が変わって、続きに着手した私に、エルフリーデは首を傾げた。


「ところで……エレオノール様を、文官としてお側に置く予定だったのでは?」


 なぜいないのですか。直球で尋ねられ、私は署名を終えた書類に押印しながら顔を上げた。


「彼女なら、宰相の元へ修行に出したわ」


「修行、ですか」


「ええ。かなり厳しいわよ。うちのお祖父様は容赦ないもの。ついでにカールお兄様も預けたけど」


 心配だわ。脳筋だから、今頃ショートしてないかしら。まあ、遠からずバルシュミューデ侯爵の洗礼を受ける予定だったし、少し早まったところで問題ないわよね。跡取り候補だもの。


「大丈夫でしょうか」


 同じ心配に行き着いたエルフリーデに、くすくす笑いながら新しい書類を引き寄せた。


「宰相だもの、何とかするわ」


 兄が頑張るのではなく、宰相である祖父が頑張らせる努力をするの。そう伝えると、エルフリーデは目を見開き……言葉もなく口元を緩めた。

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