110.(幕間)決してお側を離れたりしない
お嬢様のお申し付けになった予言の巫女は、我が国の元東方騎士団長アーレントを取り込んでいた。正確には彼女の手駒となる貴族が、巫女の名でアーレントの義息子を捕らえたのだ。脅迫材料として利用され、裏切った事実が浮上した。
重ねて、予言の巫女の情報を集める。些細な好みや性格から、彼女がミモザに舞い降りて以降の言動に至るまで。民の評判も、婚約者のいる王太子を誑かした事実も、きちんと裏付けを取っていく。
情報は「噂」ではない。その情報がどこまで信用できるか、裏付けがない場合は噂として利用できるか否か。様々な材料を揃え組み立てて、信頼性を上げていくのだ。
思ったより簡単に情報が集まったこともあり、視察に合流できそうだった。浮かれる気持ちで、頭に付けた擬態用の魔法陣を投げ捨てる。頭の上に浮かんだ本物そっくりの獣耳が消えた。同時に尻尾も消失する。
多少高くついたが、擬態が見破られることはなかった。鼻が利く獣人に混じるため、獣人の中古服を身につける念の入れようだ。今回も完璧だったと自画自賛した俺の元へ、思わぬ報告が舞い込んだ。
「お嬢様が、襲撃された?」
どこで、誰が、どうやって。そうじゃない。助けに向かわなくては! 情報を伝えた部下を置き去りに、全力で走った。魔法による強化を使っても足りない。部下の魔力を注がせた魔法陣で距離を稼いだ。一気に森を抜ける俺の前に、奇妙な光景が現れる。
お嬢様用ではないが、シュトルンツの紋章が入った馬車から炎が噴き出す。直後、氷が馬車を守るように広がった。この魔力はお嬢様だ。残り香のように漂う魔力を回収し、ぺろりと舌で唇を湿らせた。
隠し武器を使いながら、馬車を囲む獣人達を捌いていく。それは鶏の解体と大差なかった。武器を持つ利き腕を潰し、足の腱を切り裂く。倒れたところに止めを刺した。
「テオドール、数人生かしておいてちょうだい」
お嬢様の無事なお声に、思わず声が詰まった。喉が動かず、声が出ない。ご無事でよかった、おケガはありませんか。尋ねたい言葉はあるのに、形にならない。
無言を、命令への不服従と捉えたお嬢様は、重ねて俺の名を呼んだ。それも略称で。
「テオ、聞こえたの?」
「承知しました」
お嬢様を襲撃する輩など殲滅したい。しかし使い道があると仰るなら、従うのが執事であり下僕の役割だ。ひとつ深呼吸して気持ちを落ち着け、見苦しい死体を処理していく。ようやく追いついた部下に穴を掘らせ、その間に敵の選別を行った。生かす者、殺す者、すでに死んでいる者。
尻尾や手足を切り落とした獣人を見たら、お嬢様が嘆くだろう。もふもふと言ったか。獣人に興味がおありの様子だった。ならば目に触れぬよう埋めてしまえばいい。綺麗に片付けまで済ませ、お嬢様を迎えた。
美しいお手に傷が……それも無惨な火傷に似た傷が! 悲鳴を上げて、物騒な本音が漏れた。同時に決意する。お嬢様のご命令であろうと、次は絶対にお側を離れたりしない。そのために部下達を、死ぬ寸前まで鍛えよう――と。
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