109.(幕間)護衛と情報収集の間で

 お嬢様はいつも無理難題を口にされる。だが叶えて差し上げると、それは嬉しそうなお顔で褒めてもらえた。時には、お仕置きとご褒美を同時にいただけることも。


「ミモザ国に現れた、予言の巫女の情報を集めてちょうだい。あとウサ耳王女の情報もよ」


 簡単そうに言いつけられたが、これは容易な任務ではない。シュトルンツ国の東に位置するミモザは、獣人の国家だった。人族でしかない俺が紛れ込めば、目立つ。お嬢様のために組織した影に、獣人は一人しかいなかった。


 まだ未熟な彼に任せ、情報に不備があればマズい。出来れば3人は送り込みたいし、自分の目で確認するのが一番確実だった。獣人に擬態する方法を、考えなくてはならない。獣人の影を増やせたらいいが、すぐは無理なので諦めた。


 侵入したついでに、数人スカウトしたい。やはり自ら乗り込むしかなかった。お嬢様は国内の視察へ向かう。例年行われてきた視察で、危険はほぼないだろう。


「お嬢様、護衛はどうなさいますか」


「エルフリーデがいるし、騎士も10人ほど連れて行くわ。国内だからそれで足りるでしょう」


「ハイエルフは、同行しないのですか」


 魔法で保護してもらえると思ったが、甘かったか。やはり影を置いていくべきではないか。迷いが生まれた。


「リュシアンは後で合流よ。小国の民は穏やかだから、暴動の心配もないわ。東方騎士団も活用するから心配しないで」


 俺の用意したお茶を躊躇いなく飲むお嬢様は、穏やかに微笑む。何も懸念や心配は感じられなかった。俺の考えすぎか。


 実際、小国の民は穏やかで争いを嫌う。故に、過去は獣人達に領地や作物を蹂躙されようと、ひたすら耐えて忍んだ。最後は大国に守ってもらう手段を選び、最後まで剣を手にしなかった農耕民族だった。彼らが蜂起する心配はしない。


「事前調査に何かあったの?」


「いえ。小国の民であった者達に変化はありません」


 定期的な視察は狙われやすい。そのため小国の民だけでなく、国内の貴族達の動向も調査させた。反逆や謀略を匂わせる異常はない。その兆候も見当たらなかった。


 ここまで材料が揃っていて、それでも安心は出来ない。気高く美しいお嬢様のお側を離れるなら、警戒しすぎることはないのだから。


「なら、ミモザの調査をお願いね。あなたの情報が一番信用できるの」


 示された信用という言葉に、俺は心が浮き立った。お嬢様の明晰な頭脳は、緻密な戦略を立てる。その基礎になる情報でお役に立てたことは、身に余る光栄だった。新たな情報を持ち帰り、お嬢様の新たな手腕を目の当たりにしたい。


「畏まりました。必ずやご満足いただける結果をお持ちいたします」


 ゆっくり頭を下げた。この傲慢が、のちに俺の後悔となった。

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