108.(幕間)姫を守る騎士を譲るわ

 大切な友人であり、剣を捧げた主君。ブリュンヒルト様のお名前を呼ぶ栄誉を戴いた。私の目の前で、傷つけられるなんて御免だわ。


 揺れて傾いた馬車の扉が開き、無骨な腕が入ってくる。護衛の騎士や付き添いの侍従ではない。服より手で判断し、私はブリュンヒルト様に覆いかぶさった。


 ドレス姿で同行したため、動きが遅れる。それでも体に走った痛みと熱に、間に合ったのだと安堵の息を漏らす。


「ちっ、姫さんは傷つけるなと言っただろ」


 盗賊か、襲撃か。判断できないながらも、狙いはブリュンヒルト様だった。ドレスで良かった。彼らが判断できずに二人とも捕まえてくれたら、逃すための盾になれる。父母には伝えているが、いざとなれば、私はブリュンヒルト様を守って死ぬ覚悟が出来ていた。


 有能で恐ろしい執事テオドールがいない今、ブリュンヒルト様を守る盾は私のみ。幸いにも、コルセットのお陰で串刺しは免れた。致命傷ではない。左胸に背中から刺さるはずだった剣は、コルセットで滑った。左肩から肩甲骨を滑り、派手に皮膚を裂いただけ。


 これならば動ける。侍女と馬車に逃げ込んだブリュンヒルト様は、私を王太女殿下と呼んだ。このまま誤魔化せれば、緊急時に守れるかも知れない。ドレスを割いて手当てする指先が、少し冷たくて震えていた。


 心配ありません。そう言いたいのに、ひどく寒くて震えた。丁寧に水で洗い流したのは、前世の知識のお陰かしら。この世界とは違う。きつく縛り上げるよう頼み、私は一息ついた。


 囮になる決意を固めた私だけど、今現在はお荷物だった。寒く感じるのは、熱が上がっている証拠ね。策があると仰るブリュンヒルト様へ、聖霊の剣をお預けした。精霊達に、ブリュンヒルト様を守ってと願う。


「フォイエル!」


 私が知ってるアニメだと、ファイエルなんだけど……ふとそんな考えが浮かび、おかしくなってしまう。こんな場面で思い浮かべることじゃないわ。派手に扉の向こうまで吹き飛ばしたブリュンヒルト様は、安堵の息を吐いた。


 獣人中心の賊を炎で威圧し、離れたところを氷で封鎖する。時間稼ぎの魔術だ。精霊の剣は、杖の代わりらしい。表情が和らいだブリュンヒルト様の様子に「ああ、彼が来たのだな」と心で呟いた。


 私ではあの表情は引き出せない。悔しいが、黒服の執事が追いついて来たみたいね。選手交代、ここで姫を守る騎士の役を譲るわ。スマートに守りなさいよ。


 そう願ったのに、まさか首だけ残して埋めるなんて……本当にサイコパスな男だった。ブリュンヒルト様、この男でいいんですか? 本当に? たぶん、将来後悔しますよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る