第二幕
23.壮大なファンタジー小説の国へ
スムーズに走る馬車の中、私は久しぶりに一人を満喫していた。エルフリーデは護衛騎士に任命したため、馬に跨がり馬車に並走中。仕事を言いつけたテオドールは、国内最後の街で合流予定だった。
当然ながら、跡取り娘と予備の息子が一緒に旅に出られるはずがなく、兄は泣く泣く王宮に残る。読書できるくらい揺れが少ない馬車で、鍵の付いた手帳を開いて、物語のルート分岐図を眺めた。
この世界に転生し、物語の国々が周囲に犇めいていると知った日から、コツコツと書き溜めた私の宝物だ。幸いにして年齢を重ねても記憶が薄れることはなく、連鎖的に思い出すことも増えた。それらは追記としてメモしている。
エルフリーデのいたアリッサム国は乙女ゲームだが、今向かっている南のアルストロメリア聖国はファンタジー小説だった。王道系の物語で、転生や転移は出て来ない。エルフの国である聖国の存亡を掛けた壮大なストーリーが大好きだった。ネット上で一部のコアなファンが付いたものの、書籍化されてもさほど売れなかった。
私は挿絵の描き手さんが好みで、食費を削って4冊ずつ買ったわ。もちろん、読む用、予備、布教用、サインを貰う用よ。初版特典の限定サイン本は、綺麗に密封して保管だけどね。キャラの描写が丁寧で、風景なんて脳裏に浮かんでくるくらい。作家さんの能力が凄かったけど、本をあまり読まない世代には不評だった。表現が回りくどいんですって。
何度も読み返した大好きな作品が、すぐ隣の国で実在している。そのトキメキったらないわ。同時に、気づいたの。この世界は人間だけじゃなく、エルフや魔族、獣人も存在することに。慌てたわ。
文字を覚えると同時に地図を広げ、聞き覚えがある国名や人物名を探しまくった。滅びた国を調べるために歴史も必死で学ぶ。お陰で予習ばっちりの優等生と勘違いされたわね。
何度もまとめ直した物語の相関図は頭に叩き込まれている。今後の展開も、それを破る手も考えた。作戦に穴がないかもう一度確かめ、私はやっと手帳を閉じる。と同時に、すぐ施錠した。これは誰かに読まれないための癖よ。
幼い頃の私の部屋は、侍女や掃除のメイドが頻繁に出入りした。仕立てたドレスを運ぶ者や執事、料理を運ぶ子も含めて。その誰かに見られてはいけない。自然と鍵のかかる手帳を強請り、ベッド脇の錠がついた引き出しへ仕舞うようになった。
どんなに用心しても足りないわ。持って来た鍵のかかるトランクへ入れ、すぐに施錠する。頭の中に取り込んだ情報を整理し、何度も反芻した。
「ブリュンヒルト様、この街の先は国境です。休憩なさいませんか」
外から気遣うエルフリーデの声に、私は明るい声で返した。
「そうね。皆も疲れたでしょう? ここで休みます」
テオドールの合流も待たないといけないわ。時間調整を兼ねて、休憩を指示した。
国境に高い塀はない。これは我が国の国是だから。日本の諺で言うところの「来る者拒まず、去る者追わず」のような感じね。シュトルンツ国では「染み込む水は止められず、流れる水もまた同じ」と表現する。難民が出れば受け入れ、出ていく民を無理に引き留めない。それくらいなら、無能な領主をすげ替える方が効率的だわ。
何より、この国はまだ領土を広げている最中なの。あちこちに壁を作ったら壊さないといけなくなるし、邪魔になるのが確実だった。王都ですら外壁はないんですもの。辺境の長距離を覆う万里の長城なんて、無用の長物ね。
止まった馬車の外へ出て、大きく伸びをする。馬を降りたエルフリーデが合流した。その騎士服似合ってるわ。微笑み合って用意された席に着く。
「エルフリーデは、ファンタジー小説の「聖杯物語」って読んだかしら」
「いいえ、知りません」
少し考えた後、首を横に振る彼女にどこから説明しようか。物凄い長編を簡略化する作業に、私の方が悩んでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます