22.見事な手腕に惚れ惚れする――SIDEテオドール

 お側を離れるのは不安だが、命じられた任務はきっちりこなす。我が主君であるブリュンヒルト様は、とても美しく聡明な方だ。か弱く見えて、芯が強く機転も利く。だからこそ心配だった。


 俺がお側にいない時間、お嬢様が普通に過ごすこと。それは本来、従者として安心材料だった。だが俺は逆だ。俺がいなければ何も出来ない人であって欲しい。この願いを口にしたのは、俺が15歳になったばかりの頃だった。怒るかと思ったが、微笑んで「いいわよ」と答えられた。


 驚くと同時に、胸がじわりと熱くなる。お嬢様に命を捧げる名誉と、命を預けられた信頼が嬉しい。とっくに亡びた小国の王家の血を引く俺は、王子とは名ばかりの存在だった。暗殺の技術を磨き、人の急所を覚え、いつかこの手を赤く染める日が来ると諦めていたのだ。


 服従の魔法陣が刻まれた首輪を、幼いお嬢様はいとも容易く外した。複雑な回路を手順通りに辿り、俺を自由にして白い手を伸ばす。触れることを躊躇うような、小さく柔らかな手だった。傷ひとつない柔肌は、躊躇いなく俺の汚い手を握る。あの日から、俺の命はお嬢様の物になった。


 自由に生きていいと言われたので、お嬢様のために執事を目指す。異性の従者が一番近くいられる地位だ。学び、覚え、従った。


 任された仕事はきっちり片付けた上で、一刻も早くお嬢様の側に戻りたい。走らせ続けた馬から飛び降り、城塞都市の中を駆ける。国王だった男は、俺を見るなり我が主君を罵る言葉を吐いた。愚かなピエロの分際で、お嬢様の御名を口にしようとする。苛立ち任せに、小型ナイフで口を引き裂いた。


「お前が口にする御名ではない!」


 聞き苦しい悲鳴が響き渡り、囚われた騎士達は無言で表情を引き締める。だが誰も国王を助けようと庇う姿は見せなかった。彼らはそれほど愚かではないらしい。ぶつぶつと何かを呟く壊れた数人を除き、騎士は犯罪奴隷として回収した。これも命令の一環だ。使えなければ、現場で処分される。


 シュトルンツ国の犯罪奴隷は、他国に比べれば待遇がいい。使い捨ての道具ではなく、手入れをして長持ちさせる考えがあるからだ。戦に駆り出されるが、成果を上げれば待遇は改善される。いずれは平民として市民権を得ることも可能だった。


 口を引き裂いたナイフの血を拭い、袖の内側に隠す。暗器は常に5種類以上身につけていた。その一つを引っ張り出し、鋭いピックの先を目に近づける。


「二度と余計な言葉を吐くな。次は目を抉り、手足を切り落とす。こちらはお前が国王だったと判別できる状態で使用できれば、それでいい」


 生かしたのではなく、使用するために残す。その宣言に、国王は失禁した。気を失ったらしい。大国であるシュトルンツの大使館を攻撃したくせに、気の小さい男だ。器も小さいが、どうにも小物臭さが鼻に付く。お嬢様の手を煩わせる価値はなかった。







 この日から半月後、国王は新たな国境の先で引き渡される。シュトルンツへの賠償金として、アリッサム国が元ツヴァンツィガー公爵領の権利を放棄した旨が各国に通達された。すでに我が国では、ツヴァンツィガー侯爵領として定着しつつある。豊かな穀倉地帯と公平な領主のいる侯爵領は、移住者も柔軟に受け入れた。


 返還された国王は、その場で移民達になぶり殺しにされた。報告書によれば、石飛礫や農機具による殴打が原因で、瀕死になったところを森に捨てられたらしい。その後、獣に食い荒らされた死体は腕一本しか見つからなかった。


 新たにアリッサム国王を名乗るのは、王太子の従兄弟であった青年だ。彼はさらに重税を課し、民から何もかも奪おうとした。シュトルンツからの人道支援は、王都やその周辺の町へ行われない。移民受け入れは、王太子が迷惑を掛けた街道沿いの村が二つのみ。


 疲弊した民は、支援が受けられない理由を口伝えで知って怒った。大使館への攻撃に対するシュトルンツ国の権利行使だ。過去の王太子や国王の振る舞いが広まり、不満は日増しに高まった。過去に民が国王を処断した話は英雄譚となり、クーデターを誘発する。


 新たな王の在位は6年余り。思ったより保ったと考えるべきか、それとも短い天下だったと嘆くか。後世の政治家の判断を待つべきだろう。どちらにしろ、お嬢様の手腕は惚れ惚れするほど見事だった。

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