445.(幕間)愚かな野心は砕かれた

 父と姉は野心的な人達だった。姉妹揃って大国の妃になり、王を裏から操れと。正妃と側妃、どちらもごめんだった。でも気の弱い私は言い出せなくて。


 プロイセ国は小さな領土しか持たず、さほど豊かでもなかった。もし国民が豊かになれるから嫁げと言われたら、私は従ったかもしれない。けれど、思わぬ話を耳に挟んだ。


 姉妹揃って嫁げと命じられた方には、婚約者がいる。それも愛し合って結ばれるそうだ。羨ましいと素直にそう感じた。


 王家に生まれた以上、政略結婚の駒になるのは仕方ない。そう諦めて生きてきた。愛する人ができれば自分が辛くなる。だから好きになんてならない。そう心に決めて、あっさりと覆された。


 護衛の騎士であるケヴィンが好き。幼馴染みのように育ち、ずっと私を守ってくれた。暴漢に襲われかけた日も、寒い夜も、国が併合されてないた日も。ずっと隣で私を支えてくれた。


「ルイーザ姫様」


 彼の私を呼ぶ響きが好きよ。彼が守られるなら、顔も知らぬ男へ嫁ぐのも我慢できる。そう思った。いえ、自分に言い聞かせてきたの。でも……。


「ルイーザ姫様、お願いです。一緒に逃げてください」


 目の前で嘆願して跪く彼に、頷いて手を取りたい。しかし王族たるもの、己の利益を追ってはいけないわ。教育係だった侯爵夫人の言葉を思い出す。ぐっと手を握り堪える私に、ケヴィンは教えてくれた。


 お父様やお姉様が頑なに隠してきた秘密、そして野心は叶わぬという現実だ。二人はこのプロイセ国を手放した。その理由が、大国に逆らえば民もろとも滅ぼされるから。私にそう説明していた。実際は違う。財産が保障されたからだった。王家の財産を没収しない代わりに、降伏勧告を受けた。


 お金のために国と民を売り、今度は捨てきれぬ野心のために姉と私を引き渡す? それも、婚約者のいる王子よ。シュトルンツは女王制で、王子には王太女である妹姫がいる。


 ケヴィンはすべて話した後、もう一度手を差し伸べた。


「お願いですから、逃げましょう。父君は欲に駆られて戦を起こした。シュトルンツが攻め込むのは時間の問題です」


「ならば王族として、責任を取らねばなりません」


「お覚悟は立派ですが、あんなクズのために貴女を失うのは耐えられない!」


 元国王であっても尊敬できない人に忠誠を捧げられない。そう言い切った彼は、申し訳なさそうな顔をした。一歩下がろうとした私の手首を掴み、ぐいと引き寄せる。


「申し訳ありません、時間がないのです。ルイーザ様」


 姫様と呼ばれたことはある。でも名をそのまま呼ばれたのは、初めてで。ぽろりと涙が溢れた。直後、私は意識を失う。彼が私を運んだのか、目覚めた時は国外にいた。


「国は、民はどうなったのですか!?」


「落ち着いてください。圧倒的な戦力差で戦に負けましたが、民も兵も無事です。姉君は数人の騎士と逃げました」


 ここで彼は説明を切った。察してしまう。父や重鎮だった者は、戦いの火蓋を切った責任を取るのだ、と。それも当然ね。人の命をお金で換算したのだから。


「ルイーザ様、どうか私の妻になってください」


「もう姫ではありません。どうか、ルイーザと呼んで。ケヴィン」


 嬉しそうに破顔した彼に抱きしめられ、苦しいくらいなのに口元は笑みを浮かべていた。やがて耳元に囁くように、名が吹き込まれる。そこに「様」や「姫」の敬称はなくて。


 第二王女として生まれ、政略の駒にもならず、愛する人と暮らせる幸せを噛み締める。隣国の小さな村に住みつき、手が荒れるのも気にせず畑を耕した。そこから見る祖国は、シュトルンツの支配下で豊かさを享受している。


「ルイーザ、これを」


 騎士として大切な鎧を売り払ったケヴィンは、そのお金で私に指輪を買った。水仕事や畑の作業で荒れた指に、ぴたりと収まる。結婚指輪だと照れくさそうに差し出す彼は、剣はベッドの下に置いていた。私を追っ手から守るためだ。


 もう追っ手など来ない。そう思って手放す未来を祈りつつ、私は夫であるケヴィンに抱きついた。


「愛してるわ、ケヴィン」








*********************

リクエスト1です_( _*´ ꒳ `*)_

プロイセ国の騎士と駆け落ちしたお姫様(妹君)でした。

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