124.間違ってたらごめんなさいね
羊の巣については、テオドールに調査を命じた。お披露目の夜会も終わったので、エレオノールはお祖父様が引き取る。宰相バルシュミューデ侯爵の指導なら、完璧な跡取りに仕上げてもらえるわ。次の宰相を任せるつもりなので、ここに手加減は無用よ。
リュシアンは私の執務室に入り浸り、運んできた書物を読み漁った。ハイエルフは人族を見下していたから、読んだことがない本ばかりらしいわ。新しい知識を貪欲に吸収し続けていた。
カールお兄様に連れて行かれたエルフリーデは、汗を拭いながら戻ってきた。訓練の相手を務め、盛り上がる筋肉を突き回したとか。細身でご令嬢としてドレスも着こなす彼女にしたら、カールお兄様の筋肉は無駄だらけね。
「あれでは体力を奪われるだけです」
「もっと言ってやって。何度説明しても理解しないんだから、もう」
溜め息をついて、エルフリーデを嗾ける。見た目が自分の半分以下の細い令嬢にやられたら、いい加減理解すると思うの。戦うために筋肉は必要だけど、無駄に蓄えればエネルギーを消費するただの重石だと。
「ふふっ、でもカールハインツ様は素直ですよ」
「え?」
驚いてエルフリーデの顔を見つめる。彼女が私を「ブリュンヒルト」と呼ぶのは、私が許可を出したからよ。王太女を名前で呼べるのは家族か婚約者、親しい側近や友人。すべて私が許した者だけ。
さらりと呼んだから、無意識なのかしら。それとも許可を得たの? 聞いていいのか迷う私の「え?」を違う意味に捉えた彼女は、見当違いな説明を始めた。
「ブリュンヒルト様に対しても素直ですよね。真っ直ぐで可愛らしい方です。仕事なら仮面をかぶれるのに、普段は嘘がつけなくて。僭越ながら弟のような立ち位置ですわ」
「あ、うん」
正しい分析だけど、そうじゃなくて。弟のような立ち位置だから、名を呼んだの? 王妃になるべく教育を受けた彼女が、そんな失態を犯すかしら。僭越も「立場」じゃなく「名前」にかかってくると思うの。
「エルフリーデ、その……間違ってたらごめんなさいね。カールお兄様の名前を呼ぶ許可は得たのかしら」
「あっ、失礼いたしました」
そうよね。さすがに展開が早すぎるわ。いつか恋人になるとしても、今じゃないもの。うん、側近がもう婚約者を作るとかないわ。私に婚約者がいないのよ? 抜け駆けじゃない。
あははと前世の笑い方が漏れ、慌てて表情を取り繕う。
「ローゼンベルガー王子殿下に、カールハインツ様とお呼びする許可を得ました。ご報告が遅れて申し訳ございません」
やだ……まさか、そっちの「失礼しました」だったなんて。
「カールお兄様が好きなの?」
「そういう関係ではありません。ただの師弟関係でしょうか。我がツヴァンツィガー家に伝わる剣技を、身につけたいそうです」
きっぱり否定する彼女に副音声が重なる。絶対にこの二人、くっつくわよ。そうに違いない。こうやって否定するのもフラグで、ある日突然「結婚します」と報告に来て回収するのよ。そんなフラグ、へし折ってやるわ。
「まあ、恋仲かと思ったわ。カールお兄様のお相手は大変よ」
ほほほと上品に笑いながら、さりげなく牽制する。
「なあ、貴族令嬢って疲れる職業なんだな」
部屋の隅で読書をしていたリュシアンの呟きに、私は大人げない反論をして頭を抱える羽目に陥った。
「貴族令嬢じゃなくて、私は王太女よ」
「知ってるさ、似たようなもんだろ」
似て非なるものだけど……これ以上ムキになって取り乱す気はなくて、崩れるように執務机に伏せた。
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