125.没落する家名は忘れてもいい

 テオドールの持ち込んだ報告書に目を通す。さっと読んだ内容は、あまりグロさがなくて安心した。これなら女王陛下への報告に使えるかしら。


「あ、ここは削除して」


「かしこまりました」


 危なかったわ。危険な文言を発見して、削除の指示を出す。そこから先は、じっくり確認した。他には問題ある表現はないわね。拷問シーンなんて、詳しく書かなくていいのよ。


 予言の巫女キョウコは牢に放り込み、面倒くさいので凍らせた。というのも、まだ不穏な動きをする獣人や他国の要人を釣る餌として、利用価値が高いから。簡単に持ち出されないよう、氷漬けにする。でも、ぎりぎり牢から持ち出せるサイズを心がけた。


 階段を曲がる踊り場部分で工夫が必要だけど、持ち出し可能よ。人海戦術しか方法がないので、ここは苦労して欲しいわ。捕まえた虎獣人の侯爵嫡男と熊獣人の辺境伯次男は、高い身代金……ごほん、間違えたわ。高額の保釈金と引き換えに、ミモザ国のご両親に売り渡した。


 引き渡したんだけど、お金を貰ってるし、売り渡しが正しい表現よね。お金になる上、条件をいくつも付けたから、今後の大陸制覇の布石として役立つはずよ。


 綴じた二冊目の報告書を手に取った。こちらは、国内貴族の襲撃だったわ。獣人達を捕まえてほっとしたところに、十数人程度で襲いかかった。お兄様を筆頭に過剰戦力で受けたため、こちらの損害はゼロ。向こうは死者が半数以上……あら? 私の記憶と合わないわ。


「ここの死亡者数、多くないかしら」


「拷問に耐えられなかった者もおりまして、最終的な数字を記載いたしました」


「……理解したわ」


 納得はしないけど、理解は出来た。影の暴走から始まった騒動だけど、躾の一環として拷問に付き合わせたのね。やり過ぎな気もするけど……私を狙った見せしめだから、仕方ない。没落する侯爵家がひとつ、伯爵家が二つ、男爵家は三つね。暗記した貴族名鑑から、彼らの家名を消した。


 承認を示す印を押す。これも女王陛下へ送ってよし。次は何かしら。ああ、帰り道で襲ってきた連中ね。最後の一冊を手にした私は動きを止めた。


 見覚えのある国名だけれど、この国はもうない。かつてハレムを築いた一大王国は、徐々に衰退して他国に切り取られて小さくなり、今は荒れ地だった。シュトルンツが吸収した荒れ地は、現在開拓が進められている。テオドールの育った宮殿のあった国――。


 なるほど、羊の群れに喩えた女王陛下も、困惑していたのね。報告書を一枚ずつ読み進める。執事になったテオドールも含め、あちこちの国に買い取られた元王族は、さまざまな国や地域の王侯貴族に根を張った。愛妾だったり、愛玩動物だったり。その扱いはさまざまだけど、どの兄弟姉妹も外見は整っていた。


 ハレムを維持した国だもの。外見の美しさに妥協はしない。集められた美男美女が新たな子を残せば、それは見目麗しい王子王女となる。国が滅びて奴隷に落とされたり、売りに出された。今後を考えるなら、今のうちに手を打つべきね。


「テオドール、羊の情報の詳細を追加して。誰が誰と繋がり、どのように網を張ったのか。裏まで探ってきなさい」


「はい、お嬢様の仰せのままに」


 交流などなかった兄弟姉妹より、私を選ぶ執事に頷き、読み終えた報告書を閉じた。知らない間に網を張ったなら、巣はこれを意味していたのね。我が母ながら、情報網の深さと広さは羨ましいほどだわ。

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