126.メインルートは私が潰したわ

 亡びた小国は、かつて「ヴィンター」と呼ばれた。冬をもじった単語からつけられ、ハレムからイメージする真夏の景色を裏切る国。


 砂漠はあるが、雪が降る。緑は少なく、春になぜかサボテンの花が咲いた。原作者の季節感や世界イメージが、いかに狂っていたか。まあ、シナリオは情緒たっぷりでエロくて、攻略し甲斐があったわ。攻略対象は全員、絶倫設定だったし。


 季節感と建築様式の違和感だけ目を瞑ったら、大きな問題はないの。いえ、二つも指摘できる時点でどうして修正しないのか、ゲームの責任者を小一時間ほど問い詰めたい。物語で雪を眺めたり、サボテンの花が登場したけど、置き換え可能だったのよ。


 サボテンの花を眺める主人公と攻略対象のシーンは、別の花でいいわ。棘が刺さった指を舐める場面は、薔薇の方が絵的に映える。雪だって砂漠に降らせる必要はない。寒さで抱き合うのは、砂漠の夜で十分代用可能よ。何より毎年降っていたら、ある程度降水量があるから、一面の砂漠シーンは違和感が拭えなかった。オアシスの光景があれば、自然だったかも。


 いまさら、この世界で指摘しても仕方ないけど。雑な世界観だったのに、どうしてかゲームはそこそこ人気があった。シナリオで、主人公は亡国の元王子達を攻略していく。この時点で、ヴィンター国はすでに亡びていた。タイトルが「亡国の珠玉〜愛するために失うもの〜」だから、国名はすでに過去の遺物だった。


 これって、物語が現在進行中の時期なのよね。イチャついてるスチルや、騒動に巻き込まれる主人公は覚えている。でも、他国が絡むシーンなんてあったかしら? 砂漠の自由民に拾われるシーンから始まって、辿り着いた国……そういえば、隣国名が一度も出てこなかった。


 もしかして、またモブ国であるシュトルンツが「隣国」として登場してたのかも。どこまで行ってもモブなのね。思い出せる限りのルートと場面を書き出し、私は溜め息を吐いた。もたらされた情報と付き合わせていく。


 もし主人公がこの世界にいると仮定し、物語の通りに動くとしたら……商人に買われて、有能さ故に独立を許された第26、いや28? 番目の王子ルートかしら。通称、成金ルートね。または第41王子の革命ルートに、分岐可能ね。


 書き出した中から選んで、丸をする。追加で分岐ルートを足した。成金ルートで、暗殺者テオドールは登場しない。だから都合よく違和感なく進むはず。もし転生者だとしたら、テオドールを見つけて固執する可能性もあるわ。最高のハッピーエンドは、逆ハーだもの。


「ふふっ、もう無理だけどね」


 傷心のテオドールを慰めるルートは消えた。私がかなり早い段階で、彼を手中に収めたから。他の王子を選択しても、暗殺者が出てくるルートはすべて潰れる。残るは成金ルートと革命ルート……暗号代わりの日本語で記した手帳を畳み、私はしっかり鍵をかけた。


「お嬢様、お茶の準備が出来ました」


「お疲れ様、一緒にどう?」


「はい」


 目を見開いた後、彼は嬉しそうに向かいの椅子に座る。たまにだけど、こうして誘うこともあった。前世の記憶を浚った後は、どうしても一人でいたくないの。


「羊の巣の情報は、影達に任せて。あなたは私の側にいなさい。これは命令よ」


「かしこまりました」


 余計なことは詮索せず、穏やかに微笑んで従う。彼の淹れた紅茶を、くるりと銀の匙で回した。この習慣だけは、省くわけにいかないわ。たとえ、信頼できる人が目の前で用意したお茶であっても。

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