127.甘い葡萄を齧る虫退治

 ツヴァンツィガー侯爵領に、アリッサム国の貴族による侵略が確認された。その一報に、私はにやりと笑う。危険を承知で、隣の葡萄は甘そうで手を伸ばしたのよ。実際、こちらは水も葡萄も甘いけど、タダであげる気はないわ。


「ローゼンベルガー王子殿下より、出撃の許可を求める嘆願が」


「それって女王陛下の許可がいるじゃない」


「はい」


 取り次いだテオドールの言葉を、途中で遮った。私に嘆願されても、そんな権限ないわ。でもお兄様にしては頭を使ってる。女王陛下にお願いして撥ね除けられる事態を考え、私を通して願い出た。つまり私が動かないと示すことで、自分が矢面に立つ許可を得ようだなんて。


 まさか……エルフリーデに踊らされてないわよね? 婚約すらまだなのに、手のひらで転がされる王子なんて最低よ。確証はないけど、可能性は高い。私は天井を仰いだ。


 執務はほとんど終えている。どちらにしろ、ツヴァンツィガー侯爵家を見捨てる選択肢はない。それでも、カールお兄様の騎士団では不安なのよ。戦力不足じゃなく、手加減が出来ない点で。


 生捕りにしてらっしゃいと送り出しても、気付いたら更地に死体が転がってた……になるわよね。監視役が必要だわ。リュシアン? エルフリーデ……彼女の方がカールお兄様を止められそう。それにリュシアンは、我が王家の図書室を制覇すると意気込んでいた。邪魔したくないわ。


「アリッサムを退けるだけなら、許可を取り付けましょう。女王陛下に謁見の申し入れを。それと、エルフリーデを呼んでちょうだい」


 この時間は執務室にいる女王の元へ足を向け、広すぎる王宮を移動する。幼い頃は母の顔を見るだけで大変だったっけ。やたら広いので、庭で運動する必要がないくらいよ。今度、屋内履きを作らせようかしら。底が平らで柔らかな靴底がいいわ。


 考え事をしながら進み、左へ曲がって右へ。その先のエスカレーターで、魔法陣に魔力を流す。これ、どういう仕組みなのか。個人の魔力を識別するのよね。指紋認証みたい。過去に大賢者が作ったとされる魔法陣は、未だ解読されていなかった。いるのよね、どの世界にも天才って。


 悔しいような誇らしいような、奇妙な感覚で肩を竦める。上の階に出て、すぐ左に曲がった。ここをまっすぐ。謁見の申し入れは、人ではなく手紙を飛ばす魔法陣が利用される。いわゆる伝送管みたいな感じね。


 飛んだ手紙はすでに女王陛下の手元にあり、断るならそろそろ連絡があるはず。ちらりと確認するも、テオドールは首を横に振った。ならば、女王陛下のお時間を割いていただく許可は得た。


 騎士が守る扉の前で立ち止まる。テオドールが一歩前に出て、ノックした。ここはアナログだわ。よく貴族の屋敷の玄関に飾られる、ドアノッカーが付いている。金属製で牛の頭で、鼻輪を摘んでコンコンと鳴らす。アレのドラゴンバージョンが、鈍く光を弾いた。


 西洋ドラゴンの爪が、薔薇を一輪摘むデザインなの。その薔薇を取り上げるように摘むと動くのよ。凝ってるのか、趣味が悪いかは意見が分かれるところ。幼い頃は怖くて、大嫌いだったわ。


 招かれて入室し挨拶を終えたところで、すぐに用件を切り出す。無駄に装飾された社交辞令や愛想は不要。カールお兄様の出撃許可は、すぐに出た。ツヴァンツィガー侯爵家は、反撃の大義名分を得たわね。部屋を辞す私に、女王陛下は短く付け加えた。


「今回は出てはダメよ」


「承知しておりますわ」


 しっかり釘を刺され、満面の笑みで承諾した。まるで私が戦い好きみたいに仰るなんて、いくらお母様でも失礼ですわよ。

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