128.兵糧攻めで負けるのは嫌
カールお兄様とエルフリーデを見送って、自室のソファに身を預ける。少し行儀が悪いけど、ここは見逃して欲しいわ。あれこれ手配するのに、睡眠時間を削ったんだから。
カールお兄様とエルフリーデだけなら、ツヴァンツィガー侯爵家に「二人の面倒をお願いします」と金貨や宝石を持たせればいい。でも騎士団が付いていくとなれば、話は別よ。
戦力になるけど、裏を返せば食べ盛りの大飯食らいを大量に送りつけるわけで。当然ながらフォローが必要になる。食料品の差し入れはもちろん、部屋が足りなかった時の宿の手配、最悪は遠征用テントを使わせるわ。こういう時は街道の整備がされていて、本当に助かるわね。
大量の荷を載せた馬車でも、かなりの速度を出して騎士団を追いかけられるもの。おそらく半日遅れくらいで食料とテントが届くはず。そこから快適装備や武器の補充が、第二便として明日の朝出発予定だった。
これらの物資の持ち出し許可と、数量のチェック、それから在庫との付き合わせ……こういう場面でもなければ、在庫は後回しだもの。緊急時のために、横流しや不良在庫が発生していないか確かめる必要があった。
大陸を制覇して戦わなくていい世界にしたいけど、そのために戦が必要なのは皮肉ね。世界制覇を目指す以上、戦場で死ぬ覚悟はある……でも、あれだけはごめんだわ。兵糧攻めで「ご飯が食べたい」と泣きながら降参するやつ。カッコ悪いし、何より辛い。
前世で戦争映画を観たけれど、やっぱり食料や武器の補給ラインは重要よね。今回の在庫チェックは、多少の誤差が出たけれど、許容範囲内だった。こうやって抜き打ちチェックされると、盗みづらくなるでしょう? いい機会だったわ。
「がたがた騒がしいけど、何してんのさ」
篭りっぱなしのリュシアンが、図書室から出てきた。そんなに煩かったかしら。
「アリッサムの貴族が、ツヴァンツィガー侯爵領で略奪を行ったの。カールお兄様達が迎撃に向かったわ」
「ふーん。派手にぶっ放していいなら、俺も行ってこようかな」
「ぶっ放す?」
「ああ、この本に載ってた魔法陣なんだけど、ここの古代文字を入れ替えると攻撃に使えるんだ」
古代語は最低限読めるけど、これって噴水や井戸の水脈を探す魔法陣じゃないかしら。変更すると指差された部位を確認して、納得した。ここを炎に書き換えたら、間違いなく地雷みたいな効果が出るわ。足下から炎が噴き出すなんて、どんな罰ゲームよ。
「危険過ぎて許可できないわ」
「えええ? 敵ならいいじゃん」
「ここは穀倉地帯なの。周囲の麦が焦げたらどうするのよ」
領民達の生活に直結する問題に発展するわ。麦畑は収穫前の大事な時期で、今燃えてしまったら数ヶ月の労力がゼロになる。それだけじゃなく、彼らの収入や食卓が貧しくなるわ。国が補助するにも、税金の軽減くらいよ。説明すると、リュシアンは反省したらしい。
項垂れて何度も頷いた。安心した私は彼の銀髪を撫でる。
「この魔法陣はダメよ」
「わかった。燃えない魔法陣で試す」
っ! そうじゃないわ。そうじゃなくて……人相手に魔法をぶっ放すその思考を改めなさいっての!
「バカなの? この子」
発すべき言葉をすべて飲み込み、私は彼に結論を突きつけた。バカなんだわ、可哀想なくらい……バカ。本音が滲んだその響きに、リュシアンはショックを受けたようだ。
「……反省、してくる」
ぼそっと吐き捨てて、与えた自室へ戻って行く。ドアが閉まると、満面の笑みでテオドールがお茶を勧めてきた。機嫌が良すぎて気味が悪いわ。
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