129.なんて都合がいいのでしょう
シュトルンツ国は広い。現時点で東西南北の国は吸収できていないのに、大陸の半分近くを有していた。端から端まで横断したら、我が国の誇る街道と高速馬車でも、3日以上かかる。
ちなみに高速馬車は、私が幼い頃に提案したものよ。移動時間は短ければ短い方がいい。各地に王家が所有する馬を預け、交換しながら進むの。時代劇をよく見ていた関係で、飛脚を参考にしたのよ。各宿場に待機して、緊急時に全力で走る。一定距離で次の飛脚に手紙を渡す。あの方式は本当に考えられてるわ。
中世より少しマシ程度の水準である世界は、魔法があっても制約が大きい。ファンタジー小説で使われる転移魔法なんて、使えるのは魔王やそれに次ぐ実力者に限られるわ。人間なら、数十人の魔術師がようやっと発動させる。日常的な移動で多用するのは不可能だった。
ならば誰が使っても同じ効果の出る、どこでもドアの代わりを考えるのが正解よ。車がないなら馬車が早く走れる方法を考えればいいの。中継地点は一定間隔で設置し、馬車の交換パーツも常備させた。お兄様達の移動も、この馬を利用する。
軍馬だから無理をさせれば走るでしょうけど、使い潰されても困るわ。戦う際は、現地で軍馬を借りればいいのよ。追加の軍馬は、翌日出発の馬車部隊が連れて行くし。
差配の確認を終えて、私はゆっくりとお風呂で手足を伸ばす。大浴場も我が侭言って作らせたけど、私達王族の後は、勤めている文官や騎士が利用した。最後に使用人が使ってから洗って湯を抜くの。効率的に全員が体を清められる仕組みだった。
「ヒルト、お風呂だったのね」
「お母様」
豊満な我が侭ボディのお母様から、そっと目を逸らす。目の前には絶壁とは言わないけど、やや物足りないお胸がある。膨らみはあるの。手で覆うとピッタリだから、お母様みたいに揺れる程じゃない。おかしいわ、遺伝の法則はどうなってるのかしら。私もダイナマイトボディになるはずよね?
「何かお話でも?」
「ええ。あなたが持ち帰った氷の彫像、他国から購入の申し出が入ってるわ」
「ああ、ミモザのお土産ですね。まだ手放したくありませんわ」
「そうよね。でも珍しく大使が謁見を申し入れて、あの氷が欲しいとうるさいの」
「どこの大使です?」
大使……我が国で機能している大使館は、東のミモザ国、北のルピナス帝国のみ。元々ハイエルフは人を見下しているから、我が国を含め人が治める国に大使を置かない。用があれば使者を出した。ハイエルフが対等と見做したのは、魔国バルバストルくらいね。
「ルピナス帝国よ」
お母様はさっと体を洗い流すと、私の隣に滑り込んだ。大きなお胸が浮き輪みたいで羨ましいわ。脂肪だから、胸ってお風呂で浮くのね。釘付けになった目を逸らし、話に意識を戻す。
「なんて都合がいいのでしょう」
ふふっと笑った私に、お母様も口角を持ち上げた。我が国と国境を接する国のうち、二つは崩壊の兆しがあり、一つは内紛中。もちろん原因を作ったのは私だけど、あの氷漬けの金魚、まだ使い道がありそうね。ルピナスに送りつけるついでに、処分してもらうのも悪くないわ。恩を売って、守りの固いルピナスに入り込むのも……。
「悪い顔をしているわよ、私の可愛いお姫様」
「あら、お母様に似たのね」
おほほと笑い合い、私はざばっと湯を揺らして立ち上がった。お先に失礼しますと伝え、急ぎ部屋に戻った。まだ濡れた金髪を乾かすテオドールにいくつか指示を出し、ほっと一息つけたのは、日付の変わる直前だった。
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