130.逃げ道を塞ぐのが大切よ

 ルピナス帝国は、シュトルンツの首都から見て北側に位置する。帝国の名が示す通り、皇帝が頂点に立つ国家で、軍事面に特化していた。


「ふふん、途中で獲物をくれてやる私ではなくてよ」


 彼らの狙いは分かってるのよ。私が噛みつき弱らせたアリッサム王国を、横から攫って美味しく頂こうって寸法ね。そうは問屋が下さないわ。私が狩った獲物だもの。美味しく食べる権利は私にある。釣った魚を横から奪うカラスには、お仕置きが必要だわ。


「お嬢様、繋がりました」


 証拠が取れたとテオドールが報告し、端的に纏められた2枚の報告に目を通した私が頷く。やはり睨んだ通りだった。タイミングが合いすぎるのよ。もっと時期をずらすのが正しいの。


 皇帝か、その周辺の指示でしょうけれど、まだまだ甘いわね。ふふっと漏れた笑みを隠すように、口元を手で覆った。まだ若い皇太子や側近の仕業なら、足元を崩すいいチャンスだわ。


「証拠を固めて、言い逃れできないように縛りなさい。それから……」


 一度言葉を切る。もったいぶってから、笑顔を付けて言葉を放った。


「逃げ道を塞ぐのが大切よ」


 具体的に「誰を捕えなさい」だとか「ここを制圧しなさい」と命じるのは、策略の終盤よ。途中は曖昧に、誰かに聞かれても言質を取られない発言を心がける。それを汲んで裏を読み動ける配下を持たなければ、そもそも策略や謀略なんて成功しないわ。


 曖昧なようで、実際に指示した内容は簡単だった。もっと証拠を集めて、彼らが言い逃れできる手段を潰せ。テオドールは恭しく頭を下げた。


「お任せください。必ず双方とも、逃げ道を塞いでご覧に入れます」


「信じてるわ」


 他の者に同じ命令を出すことはない。そう信頼を示して、テオドールと影達に労いとした。成果に報酬を払うのは当たり前で、その金額は絶対にケチらない。それ以外に、精神的に繋がりを持つのは、一蓮托生の証。私が失脚すれば彼らは失業し、犯罪者だった。必死に支える影の存在を、私は疑わず信じて支える。


 声にしなくても分かるだろう、と考えるのは浅はかだわ。大抵の権力者はこれで失敗してるもの。お母様も配下への心配りは欠かさなかった。子どもが生まれれば祝福し、不幸があれば一緒に嘆く。それが人同士の繋がりとなり、お互いを信じ切る絆に変わるはずよ。


 それにしても……テオドールの元兄弟姉妹が動いた裏に、ルピナスが資金提供していたなんて、ね。身分証の偽造まで手伝っていた。この身分証は本物に偽のデータを載せたもので、元の紙や書式が本物だから区別がつかないわ。ルピナスから入国した工作員はどのくらいいるかしら。


「リュシアンの反省、終わった頃よね」


 精霊ならば人と違う視点で監視が可能よ。使える手足は、きっちり活用する。遠慮なんて無駄だし、反省すると言っていたから負い目があって協力させやすいわ。


「お茶会を設定いたしますか?」


「いいえ、私が訪ねるわ。居場所だけ確認しておいて」


 事実上の命令だけど一応頼み事をする立場だし、私から足を運ぶのが礼儀だった。こういう部分を疎かにする統治者は、文字通り足を掬われるの。出ていくテオドールを見送り、今後の予定を確認した。


 厳重に保管する鍵付きの手帳を開き、記憶の確認を始める。物語の復習は大切よね。

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