251.世代交代は大改革とともに

 女王陛下と王配殿下に挨拶の礼をする。鷹揚に受けた女王陛下に微笑み返し、私は戦場へ繰り出した。信頼に値する側近は、すでに会場内に配置している。隣で腕を組むパートナーは、誰より頼りになるはず。


「ローゼンミュラー王太女殿下にご挨拶申し上げます」


 キルスナー公爵が真っ先に駆けつけた。王族派の重鎮であり、己の嫡子を候補に差し出した人だ。カーテシーを披露するわけにいかないので、いつもより深い会釈で応じた。


「キルスナー公爵、こちらが私の選んだ婚約者よ」


「ワイエルシュトラウス侯爵テオドールと申します。高名なキルスナー公爵閣下にご挨拶させていただきます」


 絶妙なタイミングで、テオドールが挨拶を口にする。先に名乗ることで、格下だと示す。わずかに頭を下げて止まった彼に、公爵は笑顔を向けた。


「これはまた、さすが王太女殿下の選ばれたお方ですな。我が息子では到底敵いません」


 謙遜とお世辞が混じった言葉に、テオドールは軽く首を横に振ったが言葉は呑み込んだ。それでいいわ。言質を取られないよう振る舞い、けれど謙遜は忘れない。これ以上余計な口を利いて、揚げ足を取られたり侮辱と判断される愚は犯さなかった。


 別の貴族からの挨拶を受ける。王族派が一斉に集まり、貴族派を牽制する。この辺は私の思惑と違うけれど、悪くない。テオドールの対応がどこまで通用するか、確認してから敵陣へ攻め込むのが正しい戦術だもの。


 珍しく王宮派の官僚達も近づいてきた。普段は高位貴族がいる場所を避け、壁際で時間を過ごすのだけど。私は笑顔で受け入れ、テオドールもそつなく会話に加わる。その有能さは知っていた以上に、テオドールの株を上げた。


 王宮派はこぞって口にする。男爵や子爵の令嬢だった妻達が傷つけられても、何も出来なかった。その恨みを晴らし、文官の環境を改善した私への敬意と感謝が主だ。働きに応じて官職を決め、給与額を変更した。貴族派が上位を占めていた文官の官職は、あっという間に入れ替わっていく。


 正当に判断するため、試験を導入した。手柄を上司に奪わせないよう、筆跡や内容の理解度で褒賞を与えた。わたしにしたらごく当たり前の改革よ。女王陛下が手をつけなかったのが不思議なほどだ。文官が主流の王宮派にしたら、大改革だったみたい。


 私の支持者が激増した。女王陛下が着手しなかった理由って、これかしら。世代交代に劇的な変化を齎すことで、次世代に華を持たせる。もしかしたらお祖母様がお母様に譲位した時も、同じように大改革が起きたのかも知れない。


 一通り挨拶が終わった頃、貴族派の一部が近づいてきた。ここからが本番よ。ちらりと視線を向ければ、穏やかな笑みを浮かべたテオドールが侍従を呼び止めた。運ばせた白ワインの瓶を手慣れた様子で開け、グラスへ注ぐ。一口飲んで確認し、グラスの縁を丁寧に拭ってから私へ差し出した。


「ありがとう」


 受け取った私は口を付ける前に、己のハンカチでグラスの一部を拭った。口元に笑みを浮かべ、挨拶を待った。

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