250.夜会は私の戦場よ

 早めに入場する予定だったけど、他国の相談事を聞いていたら遅くなった。テオドールを先に入場させる気はないので、私の脇で執事のような顔で控えている。


 アリッサム王国が崩壊間近で、周辺国へ被害を及ばした。亡命を望む貴族だったり、難民になった平民が騒動を起こしている。何とかしてくれと泣き付かれたら、無視するわけにいかなかった。元の騒動の原因は私なんだもの。


 エルフリーデを得るためだから後悔はないけど、周辺国はとばっちりよね。対策をいくつか授けて、私は話を終わらせた。彼らも夜会に参加するので、見送る。扉を閉めた瞬間から、大急ぎで着替えが始まった。テオドールが室内の端で着替えてるけど構ってられないわ。


 勢いよく脱いで、侍女が忙しく下着から身につけていく。ドレスが違うと下着も変わる。ぎゅっと締め付けられ、息を詰めて堪えた。大きく息を吐き出し、ドレスを装着していく。着用なんて上品な表現は似合わない。


 黒いドレスを身につけて、鏡の前でぐるりと回った。頷くとお飾りを留める。珊瑚の簪を挿し、最後にオパールのブローチを胸元に飾った。肩にショールを掛けるが、ブローチで固定しない。


 小さな球体に磨いたオパールは、全部で四色。ピンク、オレンジ、乳白色、ブラックを品よく配置した。百合の雄蕊や雌蕊のように、朝露の位置に。それぞれ輝きを添える。


「我が姫、ブリュンヒルト殿下。あなた様をエスコートする栄誉を、あなた様の虜となった哀れな男にお与えください」


 膝を突いて手を差し出すテオドールのクラバットに、銀色の百合が光った。中央部分へ大粒のウォーターオパールが光る。名前の通り水色がかった半分ほど透き通った石を選んだ。遊色が、きらりと緑や赤の反射を見せる。


「ワイエルシュトラウス侯爵、立ちなさい。私の隣に立つことを許します」


 手の甲へ唇を押し当てた彼に微笑み、絹の手袋で肘上まで覆った。スカートを捌いて歩き始める。エスコートするテオドールは、背を反らし胸を張り、堂々とした態度で進む。婚約者になったため、スカートが埋もれる位置まで距離を詰める。


 手を預けるのではなく、腕を絡めるのも……婚約者なら可能だった。なんだか変化が擽ったいわ。廊下は侍従や侍女が忙しく働いていた。夜会の広間へ料理を運んだり、空になったグラスを片付ける。彼らの間を抜け、王族専用の通路に立った。


 ここから入れるのは王族、またはそれに準じる者だけ。稀に表彰される貴族が案内されることもあるけど。通路の先は玉座がある壇上へ続いていた。王族席に、テオドールの席はまだない。結婚して初めて、同じ壇上で座ることを許されるの。


「覚悟はよくて?」


「ブリュンヒルト殿下が選んだ男です。お任せください」


 いい返事だわ。胸のブローチを誇るように顎を反らし、私は深呼吸して足を踏み出した。呼び出しの声が私達の到着を告げ、広間の音楽が変更される。国歌に相当する聞き慣れた曲で、私は微笑みを浮かべた。


 王族にとって、夜会は戦場と同じ。美しい微笑みを武器に、キレのいい言葉で敵を切り裂く。ここは私の舞台よ。

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