85.私も暇ではございませんの

「巫女よ、奇跡を起こしてくれ」


「は? 何の話よ」


 庇護する国王相手の口調ではないわね。連れてこられた巫女は、まだドレス姿だった。着替えもなしに放り込まれ、そのまま連れてこられたようだわ。


「あ、その女! こないだから私の邪魔ばっかりして!!」


 さっとテオドールが立ち上がり、私を庇う位置に立った。巫女は両手を繋がれているけれど、足技が飛んでこないとも限らないもの。一般的な貴族令嬢相手ならそんな心配いらないわ。でも礼儀作法も知らない野生児と考えれば、テオドールの懸念も理解できる。


 エレオノールは感情を見せず、ただ静かに愚かな父を見つめていた。その顔に家族への情はない。もう吹っ切れたのかしら。元々、父親へは情がなかった可能性もあるけれど。


「さっさと巫女の価値を見せてくださらない? 国王陛下、私も暇ではございませんの」


 ぱちんと扇を鳴らして催促すれば、国王はあたふたと巫女に同じ言葉を繰り返した。


「何か奇跡を見せてくれ、巫女」


「そんなのないわ。異世界に飛ばされるとチートもらうはずなのに、何もくれなかったのよ。だいたい、この国って文化レベル低くて暮らしづらいわ。隣国は裕福だと聞いたけど、そんなに変わらないんでしょ」


 その隣国は、私のシュトルンツのことかしら? ふふっ、だったら驚かせて差し上げましょう。


「隣国シュトルンツは、魔道エレベーターがあるわ。もちろん衛生管理もばっちり。ここのように下水がなくて、だったりしないの」


 勢いよく振り返った巫女は、悔しそうに顔を歪めた。


「うっそ、国を間違えたんじゃない? あの狼王子をあげるから、私に金髪王子を寄越しなさいよ。そもそも、私の相手が獣って時点でないわぁ」


 ないのは、お前の低レベルの頭よ。そう言い返したいのを飲み込み、国王へ視線を向ける。真っ青になった国王は小刻みに震えていた。


「我が国の巫女が、なぜ……」


「何度も教えたでしょう? 名前だけで何も出来ない巫女なの。それを後生大事に抱えて、恩恵を期待しても何も得られないわ」


 さて、この辺りが潮時ね。今回の騒動を締めにかからないと、いつまでも帰れないわ。


「お茶会に乱入して大国の王太女である私を指差した無礼。夜会で王太子殿下が私の言葉を遮り、巫女を騙る詐欺師に自由にさせた罪。どう贖ってくださるの? この場での非礼は……そうね、国王陛下が責任を取ってくださる約束でしたわ」


 血の気が引いた狼獣人の国王は、尻尾も耳もぺたりと垂れていた。巻き込んだ尻尾を見ても、哀れに思わないくらい腹立たしいわ。


「何なのよ、偉そうに!」


「その言葉そっくりお返しするわ。目障りだから片付けてちょうだい。エルフリーデ」


「承知いたしました」


 すらりと精霊の剣を抜いた彼女が何かを呟くと、集まった光が巫女の体を凍り付かせた。比喩表現ではなく、本当に氷の中に閉じ込められる。


「ねえ、罰が軽すぎないかしら?」


「大丈夫ですわ。冬眠状態ですので、後日いつでも解凍できます」


「素敵。さすがは精霊魔法ね」


 にっこり微笑んで、護衛のために剣に手をかけた騎士を威嚇する。精霊は獣人にとって、信仰対象だ。その精霊が認めた存在に牙を剥くのか、と。微笑んで問う眼差しを向ければ、彼らは困惑した表情で後ろへ下がった。


 いい子ね。そうして大人しくしてたら、あと少し長生きできるわ。

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