86.俺の出番は終わってた?
混乱して動けない国王を他所に、エレオノールはいち早く頭を下げた。
「不祥の身でございますが、今後よろしくお願い申し上げます」
「ええ。大切にするから心配しないで。人質や盾にするような、もったいない使い方はしないわ。私の名に誓ってもよくてよ」
驚いた様子だが、エレオノールはもう一度深く礼をした。覚悟は決まったみたいね。というより、あの父親に幻滅したのかしら?
「何? もしかして俺の出番終わってた?」
不満そうに部屋に現れたのは、リュシアンだった。銀髪を綺麗に整え、礼服に身を包んでいる。こうしてみると、本当に育ちが良さそうに見えるわ。中身は結構口が悪いのに、全部覆われていた。
「まだ巫女の罪を問うところまでよ」
お楽しみは残っている。告げる私に、彼は嬉しそうに頬を緩めた。その笑顔の威力は抜群だった。やっぱり、あの巫女に会わせなくて正解だったわ。欲しがって騒ぐのは目に見えてるもの。
テオドールが慌てて隣に座った。リュシアンに取られるのを防ぐためね。肩をすくめたリュシアンは、近くにあったソファに腰を下ろし、置かれた茶菓子に手を伸ばした。
「毒入りなのでお勧めしないわ」
「え? 獣人って、毒殺は使わないじゃん。誰がしたの」
交流があったハイエルフならではの知識で、首を傾げる。彼は少し考えて、順番に関係者に目を向けた。国王、騎士、侍女、王女、凍った巫女……納得した様子で足を組む。その上で指を絡めるように手を重ねた。左手の指背を右手の親指がなぞる。
「へぇ、巫女と名乗ってるけど、あの女が仕組んだんだ? 協力した侍女は、あんただね」
組んでいた手を解いて、壁際に控える侍女2人のうち、左側の女性を指定した。
「な、なにを……私はそのようなっ!」
「だって、あんたから毒の匂いがする。瓶から垂らすとき、指についたでしょ? すぐに拭いたんだろうけど、精霊は誤魔化せない」
ふわふわと舞う光がひとつ、彼女が犯人だと示すように頭上で輝いた。獣人の中にも見えない者がいるらしく、疑う眼差しが向けられる。
「侍女の左手の人差し指、舐めてみれば分かるさ。拭いたけど毒は生きてる」
物騒な確認方法を示唆して、リュシアンは欠伸をひとつ。騎士は即座に動いて、毒を確認するため侍女を拘束した。
「私は悪くないわ! 巫女様の指示で」
叫びながら引き摺られる侍女が見えなくなった頃、ようやく期待していた情報が齎された。
「筋肉王子から伝言、いつでも動けるってさ」
先ほど、国境を越えて軍を動かしたと告げた嘘が、ようやく事実になった。それほど大きな兵力ではないけれど、脅しに十分使えるわ。それにしても、リュシアンから見ても筋肉の塊なのね。
「まさか、そのような……我が国は、どうなるのだ。おい、宰相を、いや……将軍を呼べ!」
慌てて騎士の一人が駆け出していくのを、扇で口元を隠しながら見送った。ここへ騎士がなだれ込んでも、エルフリーデとテオドールがいれば問題ないわ。魔法が使えるリュシアンもいるから、目眩しや飛行魔法で逃げられる。
どんな時でもね、対策は考えて動くものよ。それが王たる者に求められる資質なのだから。
「国王陛下、まだ終わっていませんわ。貴国から受け取った王女は、巫女と領土侵犯や我が国での襲撃工作の対価ですもの。まだ私と兄への襲撃、並びに暗殺者を差し向けた者の処断が残っております」
辺境伯を使って領土拡張を狙ったのは国王自身、私への無礼や非礼は巫女、この部屋での毒殺未遂も巫女と侍女だった。なら……折角ですもの、事件は全部解決して帰りたいわ。
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