465.(幕後)物語の幕は下りた
歴史は複雑で、時折思いがけない知識や知恵を与えてくれる。大陸をひとつの国家に統一した曽祖母の話を、私は目を輝かせて聞いた。
まるでお伽話のよう。将来の私が治めるシュトルンツは、それまで大陸にいくつもある国の一つだった。先代が作り上げた土台があったとはいえ、一代で大陸の国家を併合する。ブリュンヒルト・ローゼンミュラー陛下――今も尊敬の念を込めて陛下の呼称を欠かさない。
目を通した本をそっと棚に戻した。ふと、奥にある小さな本に目が止まる。こんな本、あったかしら? ほとんどの本を読んだと思ったけど。手を伸ばした私は、鍵の付いた手帳に首を傾げた。書物ではなく、誰かの私物みたい。
司書に声をかけて預けたものの、気になって毎日行方を尋ねた。持ち主は現れないか、持ち主に心当たりはないか。図書室の管理をする司書が調べてくれたが、保有図書に記載はなかった。
母アンネリースに確認をとり、手帳を部屋に持ち帰る。鍵はどこにあるんだろう。見た目はさほど高価ではないが、壊すのは気が引けた。迷って、教師に相談する。銀髪に金瞳のハイエルフだ。長寿の彼なら、何か知っているかも。
「リュシアン先生、これを開く方法をご存知ないですか?」
授業で取り出した手帳に、先生は穏やかな笑みを浮かべた。手を伸ばし、表面を確かめるように撫でる。
「この手帳を、君が見つけたんだね?」
「はい」
「いいよ、開けてあげる」
彼は首にかけた鎖を引っ張った。その先にオパールを飾った鍵がついている。首から外した鍵を、手帳の錠に差し込んだ。ぱちんと音を立てて開いた手帳を受け取り、恐る恐る表紙を捲る。見たことがない文字、びっしりと何かの解説らしき文章が並んでいた。
「これは……」
「日本語というらしい。読み方は調べてご覧。君なら読み解けるかもしれないよ」
なぜか悲しそうな顔をして、リュシアン先生は私の髪を撫でた。お母様を除いたら、私を撫でてくれるのは先生くらい。妹や弟は、私が撫でる立場だから。心地よさに目を閉じて、日本語という響きを繰り返した。
読みたいと強く願い、長い年月が過ぎた。教師だったリュシアン先生は王宮を離れ、今は魔族の島に滞在しているみたい。先日届いた手紙を読んで、返事を認めた。魔国バルバストルへ送るよう指示を出す。
「リュシアン先生かい?」
「ええ。あなたにも連絡があった?」
「昨夜届いて、まだ開けていないんだ。一緒に返事を送ってもらっていいかな」
「あら、じゃあ待つわね」
金髪碧眼の婚約者ジェラールに微笑んだ。一緒に机を並べて学んだ彼は、幼馴染みであり親友だった。穏やかな物腰、優しい性格、駆け引きをこなす狡猾さ、整った外見。すべてが調和した不思議な人だ。
彼がふと目を止めた文字を、するりと指先で撫でた。
「懐かしいな、日本語だ」
その単語に驚く。もしかして……読めるの? ずっと手がかりが欲しくて探しまくった。様々な文献や古文書も読み漁って、それでも日本語の解読はできなかったのに!
「読めるなら、お願い……読み方を教えて」
「僕が読み上げてもいいよ? 日本語は難しいから」
「読めるようになりたいの」
ジェラールは快く承諾してくれた。少しずつ読めるようになるが、文字の数が多くてうんざりする。読めない漢字はジェラールが平仮名に崩してくれた。こんな複雑な言語があるなんて。
十年近くかけ、女王として執務をこなす私は、ようやく読み解いた手帳に涙ぐんだ。尊敬する曽祖母ブリュンヒルトの残した手記だ。
シュトルツの公用語に書き換えて残そうと思っていた私は、読み終えた手帳をそっと閉じた。迷った末、曽祖母の墓所に参り……そこで手帳を燃やす。
「ブリュンヒルト陛下、これで良かったのですよね」
陛下の治世を支えた側近達の記録、断罪された者達の末路、理解できない知識。すべてを私は手放した。後世に残すべきだと考える人もいるだろう。けれど、私はシュトルンツの女王として判断を下した。
誇らしく思いこそすれ、恥じる気はない。墓所に一礼して踵を返した。陛下の手帳はなかった、それが国としての公式見解よ。顔を上げて歩く彼女は俯くことなく、尊敬する曽祖母と同じ気高さを持って女王としての人生を全うした。
その後、様々な噂が広がり数世代後に「叡智の手帳」として騒がれるも、その手帳が発見されることはなかった。
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これで完全に終わりです。お付き合いいただき、本当にありがとうございました。孫アンネリースの子、名前は出てこない彼女は残された手帳を処理することを選びました。お付き合いありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ
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新作の宣伝をさせてください(o´-ω-)o)ペコッ
【私だけが知らない】
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていきます。
https://kakuyomu.jp/works/16817330661977257001
コミカライズ【完結】要らない悪役令嬢、我が国で引き取りますわ ~優秀なご令嬢方を追放だなんて愚かな真似、国を滅ぼしましてよ?~ 綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売) @necoaya
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