64.尻尾を巻いたりしないわ
視察を予定通りにこなす。予定日はズレたけれど、内容は変更しなかった。シュトルンツ国の王太女がこの程度の脅しに屈したり、怯えて逃げる姿なんて見せられないわ。
毅然と顔をあげ、民に笑顔で手を振り、優雅さを心がけて視察を終える。ケガから回復したエルフリーデが護衛として騎士服に身を包み、私の斜め後ろを守った。配下へ指示を出しながら、テオドールは澄ました顔で控える。
「ミモザ国へ行ったら忙しくなるわ。休んでもいいのよ」
「私が目を離すと、お嬢様が危機に陥る気がします。哀れに思うのであれば、お側に控える許可をください」
考えてみたらそうね。テオドールをお使いに出すと、何か起きる気がするわ。彼の不安も分かるので、ここは私が譲歩すべきだった。
「許します」
「有難き幸せにございます」
彼にとって私の世話をするのは、仕事ではなく人生そのもの。奪うのは可哀想だわ。休暇を与えると不安そうな顔を見せる彼を思い出し、頬を緩めた。
「処罰は手筈通りかしら」
駆け寄った少女から花を受け取りながら、私は執事へ尋ねる。彼は柔らかな笑顔を浮かべて、残酷な事実を口にした。
「はい。お嬢様のご指示より一段ほど厳しくしておきました。情報漏れは本来、命を持って償うべきですから」
お嬢様は甘いのです。そんな含みを持たせた執事の声に、こてりと首を傾けた。結い上げた金髪に揺れる飾りがしゃらんと音を立てる。視察は豪華過ぎるドレスは使わない。チョコレートブラウンのドレスは、余計な装飾を省いていた。
フリルはなく、レースも同色で最小限に抑える。代わりに裾や襟、ベルト布へ金の刺繍を施した。布地は最上級だが、艶も控えめに織って作らせた服だ。王太女としての立場や権威は保ちつつ、贅沢なイメージを与えない。
濃赤の髪飾りも同様だった。宝石を使わず、布細工の花を飾る。視察対象の小国において、布細工が輸出産業だったことに由来した。彼らに媚びる必要はないけど、好印象を与えるなら利用するべきよ。
さまざまな生活の問題点を聞き出し、農業や産業のトラブルを拾い上げる。それらを翌年までに改善し、民に還元するのが視察の目的なのだから。
必死で毎日を生きる民にとって、王侯貴族は雲の上の存在よ。騎士や兵士もとっつきにくいでしょう。今回の誘拐未遂騒動で、民の間に不安が生まれた。それを拭ってから立ち去るのは、私の役目だわ。
情報を漏らした騎士や魔法士は降格、今回の私の訪問予定やルートを話した東方騎士団の数名は除隊となった。シュトルンツの騎士は、除隊の際に剣を返す。つまり二度と剣を握れないよう、腱を切り裂くのが決まりだった。
退役するのとは違う。除隊はまだ戦える能力を持つ騎士が、野に放たれる。彼らが盗賊に身を落としたり、除隊を逆恨みして王家に弓引く可能性を考慮しての処置よ。築き上げたキャリアだけでなく、能力も奪われるの。
一番堪える罰でしょうね。国内の対応はこれで一段落、お母様には表敬訪問の予定を早める許可を得たわ。予言の巫女、モブ国のモブ王太女の報復をじっくり味わってもらうわよ。
私、逆らう相手に容赦はしない主義なの。
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