117.正解よ、今の対応が正しいわ
シュペール公爵は、先代女王陛下の妹姫を娶った侯爵だった。カールお兄様が継ぐバルシュミューデ侯爵家と同じで、一代限りで爵位が上がる。元王女が降家するのに、侯爵では格が低いからよ。
妻である先代王妹殿下は、もう亡くなられた。とても仲睦まじい夫婦だったと聞くわ。穏やかな性格の姫で、貴族のご夫人方とも広く交流した。私のお祖母様の妹君にあたり、幼い頃はお祝い事のたびにお会いしていたわ。
争いごとが嫌いな公爵夫人に対し、シュペール公爵は策を弄するのが得意だった。その能力を活かして、外交官をまとめ上げてお祖母様の治世を支えた人よ。理由なく私達に近づくはずがない。
女王陛下の試験は、ここにも残っていたみたいね。エレオノールを試すおつもりかしら。扇の陰からちらりと玉座に視線を向け、すぐに逸らした。
「お久しぶりですわ、シュペール公爵。こちらはミモザ国の元第一王女、エレオノール・ラングロワです。これから私の秘書官に任命しますのよ。あら、まだ未発表の人事なので、内緒にお願いしますわね」
ふふっと笑いながら、口が滑った風を装う。エレオノールはピンクのウサ耳を揺らし、無言で一礼した。顔を上げたエレオノールの口元は笑みを刻み、事前に知っていたように振る舞う。この辺りはさすが元王女ね。
腐っても鯛、まさに王女の肩書きに相応しいポーカーフェイスだった。相手に感情を読ませない笑みを貼り付け、エレオノールは余計な付け足し発言をしない。頭の回転も悪くないわ。
宰相職にあるバルシュミューデ侯爵に預けたのは、シュトルンツ貴族の力関係や礼儀作法を確認するため。それが終われば、文官としての能力を引き上げる予定。修行と称したのは、別に大袈裟じゃないわ。
「失礼致します」
戻ってきたテオドールが、こっそり耳打ちした。カラスが動き出したのね。
「ふむ。私は嫌われましたかな? ご令嬢は私と口を利くつもりがないようです」
やっぱり試験官なのね。なんとしても、エレオノールから失言を引き出したいみたい。穏やかに微笑んだエレオノールは、こてりと首を傾けた。私の後ろに立つテオドールへ向き直り、一礼してから話しかける。
「ご無礼いたします。私はこの国でまだ爵位を得ておりません。シュペール公爵閣下のお声がけに応じることが許されませんの。テオドール様から、お伝えいただけませんか」
よくやった! そう声が漏れそうになる。正解よ、今の対応が正しいわ。秘書に任命すると言ったけれど、現時点で非公開の人事よ。だから彼女は直答できない。私はそう匂わせた。
慣例を破る形で「ご令嬢」と称して話しかけたのは、シュペール公爵よ。他国の王女ならば、直接の会話が可能。だけれど、元王女の肩書きでは、対等に話すことは許されない。
爵位が与えられていないエレオノールが話しかけても問題にならない人物は、子爵で執事のテオドールだけだった。子爵なら平民も声をかけることが出来、執事は役職で誰とでも会話が可能だもの。
王族である私は除外、問うたシュペール公爵も無理。消去法だけど、テオドールしかいないわ。よく気づいたわね。
「……これは参りましたな」
「大叔父様、私の選んだ側近候補は、有能でしょう?」
一本取られたと唸るシュペール公爵へ、得意げな顔を向けて扇を畳んだ。試験はこれで終わりにしましょう。そろそろカラスが動くわ。
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