118.最前線に立つ駒じゃないわ

 撃退したシュペール公爵に会釈し、私はエレオノールを連れて歩き出す。裾を摘んで急ぎ王族席へ向かい、段下から女王陛下に一礼した。私がカーテシーを披露したことで、退室の宣言となる。


 執事テオドールと秘書官に任命したばかりのエレオノールを従え、ゆったりした足取りで広間を出た。扇を広げた私は、つま先が見えるほど裾を持ち上げる。いつもより大きく足を踏み出した。


「報告なさい」


「はっ、金魚を攫ったカラスは、現在裏門へ向かっております。配置した影は、いつでも襲撃可能です。二人のナイトは前進、ビショップは精霊魔法の仕掛けを製作中。クイーンの指示待ちになります」


 チェスの駒に準えたのね。でも私をクイーンに置くのは間違ってるわ。


「私はキングにしましょう。本物のクイーンに怒られちゃうわ」


 女王陛下はこの国に一人、アマーリエお母様だけよ。チェスの駒であっても、勝手に名乗ると不敬に当たるわ。訂正して、私は二人を振り返った。


 城となって背後を守るのは執事テオドールではなく、エレオノールの仕事になりそうね。テオドールは勝手に、歩兵ポーンとなって出歩いてしまうもの。


 裏門は、普段から通用口として使用される。そのため昼夜を問わず開かれており、食材や日用品が荷馬車で運び込まれた。その帰りの空になった馬車を利用する気ね。持ち込まれる品も持ち出す品も、当然厳しいチェックが待っていた。


 氷の塊を布で包み持ち出すとして、門番や検査官をどう誤魔化すか。賄賂で切り抜ける? 事前に何かの手を打った可能性もあるわね。


 走るには不似合いな格好のため、早足で廊下を抜けた。裏門は意外と遠く、段々苛ついてくる。王宮が広すぎるのよ。外部からの侵入者に対して策を講じた結果、迷路のようになってしまった。真っ直ぐなら大した距離でなくとも、仕掛けを回り込むから時間も距離もかかる。


「テオドール、金魚は鉢から出しましょう。追いかけるのはその後よ。カラスを見失わないよう、影に命じて」


「承知いたしました」


 彼自身が連絡に動くのかと思ったら、近くにいた侍従に合図を送った。彼は一礼し、さっと姿を消す。やだ、いつの間に影を王宮内に配置したのよ。


「エレオノール、着替えて向かいましょう。この格好では動けないわ」


 直接追いかけるのは諦め、私は立ち止まった。よく考えたら、チェスのキングがうろうろ出歩くのは危険よ。盤の後ろでどっしり構え、他の駒を動かすくらいでなくちゃ。


「お嬢様、お着替えを用意致します」


「エレオノールの分もお願い」


「はい、ご用意しております。こちらのお部屋へどうぞ」


 客間に誘導された私は、用意された侍女と服に苦笑いする。この靴とドレスで動いた結果、私がこの辺りで音を上げると踏んだのね。見透かされたようで悔しいけれど、大当たりだわ。


 高いヒールの靴を脱ぎ、正装を解く。それだけで身も心も軽くなった。王太女としての面目を保つ高級な絹を使うが、デザインはシンプルに。執務でも使えそうなドレスに着替え、テオドールに手を伸ばした。


「さあ、運んでちょうだい。エレオノール、遅れないでね」


「はい」


 兎獣人である彼女の足の速さは折り紙付き。一番遅い私を抱き上げたテオドールを追って、底の平らな靴で走り出した。カラス狩りの始まりよ。

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