119.予定は未定、とても残念だわ

「テオドール、反省しなさい」


「申し訳ございません」


 現場で事件は起きている。そして暴走するのは、いつも現場だった。張り切った影の数人が、追尾ではなく攻撃に転じたらしい。その騒ぎに勘違いした脳筋お兄様が突入し、遅れまじとリュシアンの精霊魔法が炸裂した。


「すみません、止めきれませんでした」


 しょんぼり肩を落とすエルフリーデは、スリット入りのスカートを握り締める。ドレスのショールをなくした彼女は、カールお兄様の上着を羽織っていた。変なところは気が利くのね、お兄様。


 現実逃避したい私は、天を仰いで深呼吸した。間違った駒を配置した私がいけないのよ。そう、他人に責任を押し付ける上司なんて最低なんだから、しっかりしなくちゃ。まだ挽回可能なはず。


 視線を戻した先で、獲物であるカラス……というか、熊獣人と虎獣人が伸びていた。コテンパンにやられた、ってこういう状態を示すのね。熊の丸い耳は焦げてるし、虎の尻尾は半分ほどに短くなっていた。もちろん全身が傷だらけよ。


「この獣人達の家名を確認して」


 エレオノールに話を向ければ、驚いて目を見開いていた彼女が我に返った。


「はい、アルドワン侯爵家の嫡男とモラン辺境伯家の次男です」


 さすがは元王女、自国の貴族の子弟まできっちり記憶していた。王族ともなれば、自国だけでなく周辺国の王侯貴族も丸暗記だものね。私の記憶と間違いないことを確認し、指示を出した。


「盗難犯は牢へ、金魚は……割れちゃったのよね。これも牢へ片付けましょう」


 そう、予言の巫女キョウコを凍らせた塊を、彼らは道端で破ろうとした。通常なら割れなかったのだけど、カールお兄様の剣が傷つけたところへリュシアンの魔法がどかん。割れるどころか砕けてしまった。


「もう一度凍らせてもいいけど」


 リュシアンがおずおずと申し出た。凍らせたのはエルフリーデだけれど、精霊魔法を使ったわ。だからより強い親和力を持つリュシアンの魔法に耐えられなかった。もう一度凍らせる? どうしようかしら。


「ヒルト様、ここで凍らせると運び込むのが大変です」


 エルフリーデの指摘に、私は大きく頷いた。あんなに大きな氷、また持ち帰るのは腹立たしいわ。このまま放り込んで、牢内で凍らせる方が効率的よね。それにもう凍らせる必要もないし。


「巫女の処分は近々行うから、このまま溶かしておきましょう。カールお兄様、責任を持って片付けてちょうだいね」


「……分かった。本当に悪かった、ヒルト」


「反省して、次からエルフリーデの話をよく聞くこと。それで許して差し上げるわ」


 にっこり笑って釘を刺した。影の暴走だけなら、氷が砕ける事態にはならなかったわ。もちろん、一番悪いのはテオドールね。統制できない部下なんて不要よ。


「影の処分は私が……」


「処分じゃなくて、躾をしっかりしなさい。勝手に動く手足なんて、要らないわ」


 項垂れたテオドールの頬を撫で、顔を上げさせる。俯いてる余裕はなくてよ。


「あの……彼らはどうなるのですか?」


「エレオノールなら、どう裁くのかしら」


 尋ねるエレオノールに、私は答えを与えない。自分で考えなければダメよ。


「獣人としての誇りを汚した者は、獣人の証を奪う。我が国の法です」


 エレオノールの厳しい表情に頷いた。周辺国の法は私も学んだわ。獣人の象徴である獣耳、尻尾、毛皮や鱗を奪う。羽がある種族はそれも対象だった。


「処分はあなたに一任します」


「承知いたしました」


 ウサ耳を揺らす姫は、淑女の笑みで一礼した。無事に釣り餌の巫女を回収して、小魚を捕まえた。結果は予定通りだけれど、途中経過がいただけないわ。悪の指揮官みたいに「逃げられると思っていたの? おほほほ」と高笑いする予定だったのに。

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