115.選ぶ順番を間違わないわ

 手にしたグラスのワインを一口、葡萄のジュースで割ってあるのね。つまみの並びが、不自然だった。それもそのはず、現在の側近候補達の立ち位置を示しているわ。


 チーズに囲まれたオリーヴはひと回り小さく、種も抜かれた状態。エレオノールね。種に該当するリュシアンは、バルシュミューデ侯爵に捕まっていた。


 果物を巻いた生ハムは、エルフリーデ達の位置。貴族令嬢に囲まれたお兄様は、笑顔を貼り付けているけど長く持ちそうになかった。


 最後にドレッシングを塗した一口サイズの野菜、これが私とテオドール? 何を揶揄してるのかしら。


 ちらりと視線を向けた先で、女王陛下が扇を広げた。執事テオドールは一歩下がり、女王へ深く頭を下げた。彼は使えないのね? 察する能力は高い方だと思うけど、もし気づかなかったら……想像するだけでゾッとした。


 この皿に残った食材を片付けるように、彼女らは処分されたでしょう。代わりに女王陛下の選んだ側近が、私の周りを固めるはず。


 エレオノールは後回しね。宰相であるバルシュミューデ侯爵の教え子が、そう簡単に潰されたりしない。たとえ、芯となる種が抜かれた状態でも、ね。


 私とテオドールにかかったドレッシングは、この場から動くなの指示。他の食材と味が混じるから、味の薄いものから食べるのがマナーよ。


 生ハムが覆う果物のピンを摘んだ。女王陛下の顔色を窺うのは私らしくないわ。堂々と口に入れた。甘い果物が塩気のある生ハムと合う。あら、胡椒がアクセントなのね。しっかり味わって、ピンを端に戻した。


 ピンチョス系のフィンガーフードは、立食が中心の夜会でよく出される。葡萄ジュースで割られたワインを再び口に含み、ゆっくりと嚥下した。美味しい。本当は野菜から食べたいけど、ドレッシングがどろりとしたタイプだった。これを食べたら、他の味が分からなくなる。


 謎かけが施された皿の、チーズが刺さったピンをひとつ。端へ退けた。もう一つ、続けて避けたチーズの最後の1本を口に運ぶ。ゆっくり咀嚼し、口直しにオリーヴを齧った。


「お嬢様」


「余計な発言は不要よ。私はしたいようにするわ」


「承知いたしました。ではお任せいたします」


 大人しくテオドールが引き下がるなら、忠告するまでもなく私の示した手順が正しいという意味。間違っていたら、叱られても口を挟んだでしょう。


 ぱちんと扇を畳む音がして、私はわざとゆっくり振り返る。女王陛下の紫の瞳をしっかり見つめた。いかがでしょう。問うように口角を上げる。広げた扇を下げて微笑んだ私に、女王陛下は満足そうに頷いた。隣の王配エリーアス殿下が、安心した様子で表情を和らげる。


 手の込んだ仕掛けをなさること。でも……お陰で勉強になりましたわ。身内といえど油断するな。世界は常に私の足を引っ張ろうとしている。そういう意味に受け取っておきます。


 避けたチーズを口に入れて、強い味に眉を寄せる。ドレッシング塗れの野菜を一緒に齧った。試験が終われば、全部残さず頂くのがマナーです。食べ物を粗末にするなんて、出来ませんわ。


 カールお兄様がエルフリーデとダンスを踊るみたい。エレオノールはいつの間にか、夫人の輪を脱出していた。どちらも見事な手並ね。では、私も下に降りて彼女らの健闘を讃えるとしましょう。

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