105.公私はしっかり区別します
順序立てて、今回の騒動の顛末を語る。出来る限り感情的な表現を抑え、客観的な説明に終始した。
「なぜカールハインツを呼んだの」
「王子殿下の指揮が必要だったからですわ」
「その危険性を理解していて?」
「はい。女王陛下にご心配をおかけした事はお詫び申し上げます。必要であり、また安全と判断した私に誤りがあれば、ご指摘ください」
王位継承権1位と2位が、同じ他国で同時に存在する。シュトルンツの転覆を目論む者がいれば、格好の餌食だった。しかし、その危険を冒しても問題ないと判断したのは、私よ。罰を下されるなら、甘んじて受けましょう。
顔を上げ、壇上の女王陛下を見つめる。我が国の玉座は、5段上にあった。立派な椅子に宝石や金銀材は使われていない。艶のある黒檀に、螺鈿細工を散りばめた椅子だった。
そのため、女王になると黒いドレスは身に纏わない。玉座と同化してしまうからだ。今も美しい薄紫のドレスだった。あ、赤紫のドレスのお礼? それとも嫌味? を言ってないわ。私の用意したドレスを国境で取り上げるって、かなり乱暴だったもの。
「あなたが必要と考え、結果をもたらしたことを評価します。ですが、二度目はありませんよ」
「承知いたしました。温情に感謝申し上げます」
ここで終わり。女王陛下は、お母様の顔で玉座から立ち上がった。すかさず、斜め後ろに立っていたお父様が手を差し出す。当たり前のように腕を絡め、お母様は微笑んだ。
「堅苦しい話は終わりよ。美味しい蜂蜜酒を冷やしているの。旅の話を聞かせてちょうだい」
「はい、お母様」
エレオノールの滞在許可ももらったし、お祖父様であるバルシュミューデ侯爵に彼女を預ける話もした。忘れてる事はないわよね。
もう一度考えながら、テオドールと並んで歩き出す。彼は羨ましそうに、お父様の腕を眺めた。夫婦だから構わないけれど、私とあなたは婚約者ですらないのだから。言うまでもなく、腕を組むのはダメよ。
お母様がお気に入りの庭園は、今日も美しい花々が咲き乱れる。噴水は大きく水を跳ね上げ、日陰を作るガゼボは小花の蔦に飾られていた。
「蜂蜜酒、ですか。今年は東側の領地は豊作だったのですね」
「ええ」
一種の謎かけかしら。良質な蜂蜜が取れたなら、農作物が豊作だった証拠よ。蜂蜜酒を製造しているのは、シュトルンツでは東側のみ。西は葡萄酒、北側なら林檎でお酒を造る。南はハーブを漬け込んだお酒があるけれど、度数が強いので私は好まなかった。
「ミモザへ領土を広げず、属国にする理由を教えてちょうだい」
「獣人達の気質、性格、教育水準が原因です。束縛されることを嫌い、他種族を自然と見下す。今まで国境付近で受け入れてきた獣人は、自ら国を出る気概のある者ばかり。彼らのように前向きではない獣人を取り込めば、国のシステムが崩壊しかねません」
「それを飲み込むのが、君主の度量ではなくて?」
「無謀と勇気は別物ですわ。もし獣人を国中に野放しにしたら、シュトルンツの築いた仕組みは機能しません。正直、一度属国に落として這い上がってもらう必要がありますわ」
注がれた蜂蜜酒は、微炭酸の泡が広がる。飾りにチェリーを沈めたフルートグラスは、花模様が美しかった。縦長のグラスで炭酸が弾ける。彩りも香りも上質だわ。
乾杯はしない。口を湿らせる程度触れて、一口流し込んだ。ほわりと口に広がる甘さ、爽やかさを足す炭酸、そして最後に花の香りが抜けた。
「美味しいですわ」
「良かったわ。これを今度の夜会に出そうと思っていたの」
試飲を兼ねていると聞いて、私はもう一度ゆっくり味わった。うん、これなら今年の蜂蜜酒は人気がでるわね。先に私の分を確保させましょう。
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