104.まずは単語と50音からね
王宮に到着した馬車の扉が開くと、迎えに来た兄の手をとって降りる。御者台から駆けつけたテオドールに右手を預け、懐かしの我が家を見上げた。寝不足を解消したお陰で、馬車の旅は快適だったわ。
エレオノールが続き、やはりカールお兄様から騎士へエスコート役が変わった。最後に降りてきたエルフリーデは、疲れ切っている。好奇心旺盛で向上心が高いエレオノールの、日本語教師は大変だったみたい。私は寝ていたから快適だけど。
「お嬢様、お着替えなさいますか」
「そうね、お母様へご報告の前に着替えたいわ」
エレオノールの部屋を手配するよう命じ、私は扇で口元を隠した。大きな欠伸を隠しながら、自室へ向かう。慣れた道は考えなくても体が動いた。
「日本語、でしたか。私にも教えてください」
「難しいわよ? まずは単語と50音からね」
ダメとは言わない。テオドールに秘密を作ると、後がうるさいのよ。それなら教えて共有した方が、無駄な騒動を避けられる。それに彼は悪用しないわ。
「ありがとうございます」
何より、私との時間を独占したいだけだろうし。にっこり笑って、執事を甘やかし過ぎかしら、と考える。エレオノールの弟ジェラルドみたいになっても、面倒臭いわね。
「お着替えは侍女に命じます」
「ええ、ありがとう」
この王宮内で、私の着替えに手を出すとお母様が怖いもの。もしかしたら放逐されて、二度と私の顔を見られなくなる。さすがのテオドールも、そこまでの危険は冒せなかった。実際、お母様なら命じると思う。
手早く旅支度を解いていく。同じように見えるドレスでも、旅で着用する物は、脱ぎ着がしやすく加工されていた。隠しボタンを多用し見た目だけ同じに整えたり、体の補正用具が畳めるよう作られる。
魔法で自由に物を出し入れ出来るファンタジーな設定は、モブ国にはないのよ。当然馬車に積んで運べる量に抑えるため、荷物を減らす努力と小さく梱包する技術は、発展の一途を辿った。その中に、私の知ってる技術をいくつか取り入れたけれど、技術革新と呼ぶほどではないの。
濃紺に銀糸で刺繍を施したドレスを着用し、扇も合わせて変える。お飾りは宝石のない銀細工を用意させた。靴は銀の刺繍糸と透明のビーズで飾られ、裾へ行くほど刺繍の多いドレスに合わせている。髪は解いて香油を塗し、髪留めをひとつ。これで準備は終わりよ。
「女王陛下へ報告に参ります。先触れを出して」
一応口にした命令だけど、テオドールが手配済みね。部屋を出たところで待っていた彼は、蕩けるような笑みを浮かべていた。すっと指先を差し出す。
「テオドール、遅いわ」
「申し訳ござません、お嬢様」
私が手を差し出す前に、あなたが伸ばすべきでしょう? 傲慢に言い切って、彼のエスコートで王宮内を進む。今回の収穫と今後の展望、注意点を纏めておかなくては。要領の悪い話し方を、お母様は殊の外嫌うんですもの。
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