106.お酒はまだ早いようですね
二杯目を開けたところで、なめらかになった口が滑り始めた。
「お母様、私のドレスを国境で取り上げるなんて、酷いですわ! ミモザ国で恥を掻いたらどうしますの」
「赤紫のドレスは残したでしょう? あの絹、最高品質なの。それにデザインは私が考えたのよ。お飾りも含めて、私の最高傑作だわ」
「本当に素敵でしたわ。でも、扇情的すぎるのではなくて?」
言い争いに近くなってきたところで、お父様が口を挟んだ。
「僕は、ヒルトに賛成かな。あちこち露出が気になったし、この子はまだ17歳になったばかりだよ? 婚約者という保護もないのに、危険だったと思うな」
援護を受けて笑みが深まったところで、思いもよらぬ裏切りがあった。
「僭越ながら、私はあのドレスを着たローゼンミュラー王女殿下の素晴らしさに、感動いたしました。女王陛下のデザインとお伺いして、納得しております」
互いに側付きが裏切った状態で睨み合い、私とお母様は引き攣った微笑みを扇で隠した。引き分けね。互いに目で合図しあい、これ以上の傷を避ける。
「旅先で、また側近候補を拾ったのでしょう? あと何人拾う予定なの」
「予定では、あと1人ですわ。もしかしたら増えるかもしれません」
現場で臨機応変に対応するので、増える可能性もあるし、持ち帰れないことも考えなくちゃ。
「側近用に子犬を持ち帰ったと聞いたけれど」
耳が早い。というより、シュトルンツ国内でお母様に隠し事は無理ね。
「ええ、彼女はあの犬が大好きですの。宰相のバルシュミューデ侯爵にお預けして教育をお願いする予定なので、勉強のご褒美に使う予定ですわ」
「信賞必罰の原則ね」
「ええ、お母様を見習いましたのよ」
子犬は褒美用だから、連れてくる側近候補に含まない。その意味も含めて、お母様は納得した様子だった。嬉しそうに目元を緩める。皺がなくて綺麗よね。いつか美貌の秘訣を伝授していただきたいわ。
ぐいとグラスを干して、ちらりとテオドールへ視線を向ける。瓶に一番近い位置にいる彼は、首を横に振った。むっとしてグラスを彼の方へ押しやる。
「お嬢様、少し酔っておられるのではありませんか」
言葉にして抵抗してきた。
「平気よ、もう一杯だけ」
「やはり酔っておられますね」
すっとグラスを下げてしまった。悔しいけれど、お母様の前で怒鳴るわけにもいかない。ぐっと堪えて、無理やり笑顔を作った。
覚えてらっしゃい、後で酷いわよ。こっそり伝えた口パクに、テオドールは微笑みで答えた。喜んで……じゃないわよ!
「お母様、お父様、まだ疲れておりますので休ませていただきますわ」
不毛なやり取りを切り上げて、私は一礼して立ち上がった。後ろでひそひそと囁き合う夫婦の会話は、聞きたくなくても耳に入る。
「意外とお似合いだね」
「どうかしら。でも合格ラインは近いわ」
お二人とも、俗な会話はお控え下さいね。シュトルンツ王族の品位に関わりますわ。ぷいっと顎を反らせ、私は足早に廊下へ進んだ。ふわふわとした絨毯が、いつもより柔らかく感じて……後ろへ倒れたところを、さっと抱き抱えられた。
「お嬢様、お酒はまだ早いようですね」
何を言ってるのよ、この国では16歳から飲めるんですからね! 子ども扱いは許しませんわ。
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