456.(幕後)私は選んだ未来を誇る

 生まれた時、私に役目はもう残っていなかった。お祖母様はそう呟いたと乳母から聞いている。実際、フリッツ兄様が地位に相応しい人だったら、言葉通りだったと思う。女王制の国において、王女に生まれたけれど二番目。年の離れた優秀な姉が跡を継ぐことは確定していた。


「愛されて幸せに生き、誰もが羨む幸せな死を迎えることがあなたの役目です」


 お父様は不思議なことを言う。どんな人生を送ったとしても、私はリゼ姉様の予備なのよ。優秀で優しい人だけど、お父様はお母様しか見ていない。そんな人が突然かけた言葉に、私はただ驚いた。


 幼い頃誘拐事件に巻き込まれた話を、リゼ姉様は繰り返す。どれだけお母様が心配したか、助けに来てくれたお父様がどれほど頼もしかったか。他人事のように聞いて、胸を高鳴らせた。私もお母様達のような夫婦になれるかしら。


 恐怖心や安堵を含め、誘拐の記憶がない私は、リゼ姉様の話すお父様やお母様の姿に胸を躍らせた。だって知らないお姿なんだもの。物語のようでとても素敵だった。


 フリッツ兄様は王族として暮らすことに限界を感じたみたい。私も無理だと思っていた。素直すぎるのよね。カール伯父様のところへ婿に入り、従姉のローザリンデ様と結婚する。その話を聞いた夜、フリッツ兄様は私の部屋を訪れた。泣きながら謝る。


「すまない、逃げる僕を許して欲しい。パティにすべてを押し付けてしまう」


「気になさらないで。私がリゼ姉様を支えるわ」


 王家の二番目とは、そういう意味と理解していた。政に興味を示さず、大人しく身を潜める。リゼ姉様が王位を継承したら、勉強した知識で支えるのよ。フリッツ兄様が外から支援するなら、内側でリゼ姉様を守るのは私の役目だわ。


 お父様の仰った話とは少し違うけれど、これが私の選んだ道だった。お母様の苦手な刺繍を綺麗に仕上げ、今日も私は微笑む。幸せな王家の娘、政など知らない顔で無邪気に振る舞った。


 リゼ姉様が夫を選び、王位継承が確定したところで、ようやく私は動き出す。外交の手練手管はエンゲルブレヒト女侯爵に倣った。師事すると目立つので、見様見真似で体得する。護身術も同じよ。


 準備は整えてきたの。お祖母様と直接触れ合った記憶は少ない。でも文通で親しくしてきた。私に足りない部分を指摘し、リゼ姉様の文面に気づいて返事を書く。いくつか相談にも乗ってもらった。


 用意してきた花束をお墓に供え、潤む目を誤魔化すように忙しない瞬きをする。鼻を啜る音を隠すために大きく深呼吸して、不調法に枯れ草を踏んだ。


「パティ、あなたもなのね」


 お母様は私にそう囁いた。涙を堪えることではなく、お母様はすべてを見透かしている。私が姉を支えるためにした努力も、お母様やお祖母様に似た負けず嫌いの性格も。すべて察した上での「あなたも」という言葉選びだった。


 私だけでなく、リゼ姉様も同じ。女系一族の特徴を受け継いでいるからこそ、陰に沈むことを望んだ。選んだ道を肯定するように、お母様は微笑んだ。


「リゼをよろしくね。パティ、あなただから頼むのよ」


 他の誰でもない私だから――その表現に滲んだ愛情と信頼に、今度こそ涙が溢れた。そっとハンカチを差し出したお父様は、苦笑いを作る。


「ただ幸せに生きて、幸せな死を迎えてよかったのに。私と同じ道を選ぶとは、難儀な子ですね」


 呆れた、そんな口調でお父様は昔と同じ言葉をくれた。ああ、やっと意味が分かったわ。私はお母様達に似ているけど、それ以上にお父様の娘だった。お母様に従うお父様のように、リゼ姉様にすべて捧げると決めたの。


 磨いた能力、積み重ねた知識、外交や政の成果、己の幸せさえ。リゼ姉様のために使いたい。こうなると見越して、お父様は私に忠告していたのだわ。でも無駄にしてしまって、ごめんなさいね。譲れないの。


 私はお父様のように陰となり、リゼ姉様を支えていく。凡庸で特筆すべきところがないと、後世に誤解されるヴィンフリーゼ女王陛下の真価を知る一人として。そのことを誇りに思いこそすれ、悔やむ未来はないわ。


「私は幸せに生きて、幸せに死ぬ予定ですわ。お母様もお父様もご理解いただけますでしょう?」


 満面の笑みで返した私に、二人は顔を見合わせた。


「好きになさい」


 お母様のその一言に許され、私は顔をあげて己の歩む未来へ踏み出す。これから忙しくなるわ!









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 パトリツィア視点でした_( _*´ ꒳ `*)_これで三人とも終わりですね。ここから側近達の目線を付け足します。

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